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「いや、カッコいいだなんて、そんな……」
ところでタクヤからそう言われた慧は、謙遜して……というよりは、タクヤが何かを誤魔化したのに気付いたようで、若干不満そうに眉根を寄せてはいたが。
でも、その頬もその耳も赤くなってしまっていたので、ちっとも怖くはないのだった。
自分よりずっと見た目も中身も大人な慧の、時折見せるそんな姿。それが、たまらなく可愛らしく、愛おしい。
慧と知り合ってもう二年以上経つというのに……そんな自分にも驚きだった。
『俺よりも長く続く奴が現れるなんてなぁ』
一か月ほど前だったか、久々に飲んだ例の銀行マンにもそう言われたばっかりだったが(ちなみに、驚くことに奴もあの若い大学生風彼氏とまだ続いているらしい)、彼と遊んでいた頃の自分がはるか遠い昔に感じられるぐらい、慧といる自分が日常になっていた、ということなんだろう。
「でも、それを言うならタクヤさんも、ですよ」
回想に耽りそうになっていたタクヤを呼び戻す、小さくてもよく通る声。
彼を見れば、またすぐに視線を逸らされてしまったが。
「タクヤさんも……もっと素敵になりましたよ」
「……っ」
自分で言っておきながら照れている先生。
ただ、思わず息を飲んでしまったのは、その言葉がついこの間のカケルの台詞そのままだったからだ。
あの日、いつものバーで会ったカケルは珍しく一人で。
例のイケメンだが嫉妬深い作曲家の彼がいないのをいいことに、その日は大いにお互いの彼氏の不満を言い合ったり、昔みたいに彼を口説く真似事をしたりしたのだが。
『カケル、前よりもっと可愛くなったね』と笑いかけたとき、彼は以前のように顔を赤らめたりはしなかった。
そして、ふっと笑うなり、そう呟いたのだ。
その時は、カケルのくせに生意気だな、なんて軽く頬をつねったりしたのだが……。
(先生も俺も、変わっていっているんだな)
自分自身を乗り越えたいのだと、互いに告白したあの夜。
いつか遠い未来にと夢見たそれが、いつの間にか、叶い始めていたのかもしれない。
あんなに長い間、一人で苦しんでいたものが、もう――
わざとらしく頬をさするカケルに一杯奢りながら、胸に込み上げてくるものをひとまずウイスキーで流し込んだのを思い出した。
「でも、タクヤさんはずっと前から十分、可愛いですけども……」
そうしてまだごにょごにょと呟いていた慧だったが。
「あっ」
彼は突然声を上げると、タクヤの首元できらりと光ったものに目を留めた。
「それ……身に着けてくれていたんですね」
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