428人が本棚に入れています
本棚に追加
/305ページ
ゆらめいて輝く、銀色の指輪。
仕事中は首にぶら下げ、胸元にしまっているそれが何かのはずみで飛び出してしまったらしい。
「ええ、一応……」
どことなくきまり悪く、タクヤはそれを掴んで急いで元の場所へと戻そうとして……やっぱりやめる。
先生の、蕩けそうなほどに幸せな顔。そして、無意識なのだろう、自らの左手薬指を撫でる姿を見てしまったら、そんなことは出来るはずもなく。
代わりにタクヤはくすりと笑うと、すっかり惚けている男の髪をわしゃわしゃとかき混ぜてやった。
「なっ、何するんですか!?」
「何って、最初はこうして髪質を見るんですよ」
「あ、そうでしたか、すみま――」
「ま、嘘ですけどね」
「……っ!」
慧は眉を跳ね上げさせると、今度はじとりとタクヤを睨む。そんな顔すら可愛く見えるのだから、やはり相当やられているらしい。
本当はいつまでもこうしていたいのだが、あいにくそこまで暇でもないし、またあの二人にちょっかいを出されかねない。
タクヤは手櫛で慧の髪をざっと整えてやると、ぽんと両肩に手を置いた。
「で、先生、今日はどのようにします?」
珍しくワックスも何も付けていない慧の髪。硬めで艶やかな黒髪は、そのどこまでも深い目の色と、なめらかで白い肌によく合っている。正直、染めたいですと言われても突っぱねてしまいそうだ。
「そう、ですね……」
慧はうーんと唸るものの、特に何か希望を出す感じでもなかった。とりあえずカラーは無いようでホッとはしたが。
タクヤはヘアカタログを持ってくると、普段の彼に近い髪型のページを開いて慧に手渡す。
「たとえば、この中でイメージに近いものあります?」
「うーん……」
慧は一通り見はしたが、そこまでピンと来るものは無さそうだった。もっと別のタイプのを持ってくるか、と一旦席から離れようとした、その時。
「タクヤさん」
「ん、はい?」
「あの……お願いがありまして」
「お願い、ですか?」
慧はこくりと頷く。
そして、鏡越しにタクヤの目をまっすぐに見つめた。
「タクヤさんにお任せ……って、できますか」
そう言うやいなや、彼は視線を落としてしまう。
そしてすぐ、「いや、無理なら結構ですので……」などと言うのだ。
確かに、まるっきりノーイメージなお任せは少し困ってしまうことも無くはないが。でも、今回は髪も短いし……何より、その相手は『先生』なのだ。
「先生」
「……はい」
「無理、だなんて……一体誰に言っているんです?」
このオーダー、自分以上にふさわしい人なんているだろうか。
タクヤはにやりと口角を上げる。ついでに、少し挑発するみたいに鏡の中の彼を見つめた。
「任せてください、先生」
「先生のこと、世界で一番、カッコよくしてみせますから!」
終わり
最初のコメントを投稿しよう!