1.黒南風と契約恋愛

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 いつの間に公園に入ってきたのだろうか。背の高い男性は僅かに目を瞠り、もう1人の男性は無表情に芙羽を見つめてくる。恐らく、芙羽も2人を凝視してしまったのだろう。見つめ合うこと数秒、男性2人の背後にソレが視えて芙羽は我に返った。  このままでは2人を巻き込んでしまうかもしれない。幸い、芙羽が体を硬直させている間にソレは2人を通り抜け、真っ直ぐに向かってきた。芙羽は踵を返して公園の奥へと走った。  桜の木の下は驚くほど静かだった。優しく吹く風が葉を揺らし、さあっという音を立てている。一度止まると、無理をしていた肺が悲鳴をあげて空咳が何度も口から零れた。 「えほっ……、はぁ……はぁ」  芙羽はなんとか姿勢を立て直して太い幹へと背中を預けて座りこんだ。無意識に開都の最期の姿と同じ恰好になる。  ぼんやりと空を見上げると、葉桜が視界いっぱいに広がって曇天の空は見えなかった。開都も同じ景色を最期に見たのだろうか。ソレがゆっくりと近づいてくるのが視界の端に見え、芙羽はゆっくりと目を瞑る。  せめて、最期くらい開都を思い出させて欲しい。何度もそうしてきたように、開都との思い出を頭の中に描いた。 『あの、お礼を、させてはもらえませんか?』
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