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~安道Said~
浜辺に着くと、理恵さんや他のスタッフたちは現場監督に報告を行っていた。
俺も現場監督に謝罪の言葉を述べたのに、何か余計に怒っていた。……何でだ?
日本に帰って、そんなことが増えた気がする。やはり向こうとこちらの現場環境は違うのかもしれない。
俺は他のキャストと同じように近くの海の家で着替えやメイクをすることになった。
「入ります」
「お、あーちゃんじゃん。お久~」
「しーちゃん、同じ現場だったのか」
笑って手を振ってくれたのは、しーちゃんこと志島 淳。人気若手俳優として、水曜ドラマで名のある役をやっている実力派だ。来年か再来年には主役を張りそうだと俺は思っている。
年齢的にも1つ違いなので、俺にとっては気軽に話せる心地良い奴だ。
「あーちゃんの遅刻癖は相変わらずだな、そんなことばっかりしてると仕事なくなるぞ」
「ん~~~、ニッポンジンは時間管理ばかりで息が詰まる。おーべー懐かしい」
「いや、お前純血な日本人だろ。小学校時代という太古の記憶を思い出せ」
「あ~~、チャイムが鳴ると身体は反応するよ?」
「それ分かる! なんか背筋もシャンってするよな」
「太古の記憶、俺の中にも残ってた……」
「いいぞ、いいぞ、その調子だ」
パチパチと手を叩いて賞賛してくれるしーちゃんは本当に良い奴だ。
・・・
着替えが済むと、俺はメイクさんにメイクを施して貰う。本当は自分でもやれるけど、夏の海をイメージしたメイクをしろと言われてもよく分からなかったからメイクさんに頼むことにした。
「そう言えば、メイクを始めた最初の頃、俺さマスカラのことをマラカスと勘違いしてて、先輩から“睫にはマスカラをちゃんと着けるんだよ”と言われたのに“マラカスをちゃんと着けるんだよ”って勘違いしたことがあるんだ」
「あーー、それ。メイク初心者が最初に落ちる罠だよな。メイク道具って無駄に横文字で、英語の単語並みに種類と応用があるから最初の内は大変だよな」
既にメイクや着替えが終わっているしーちゃんが、俺の言葉に同意してくれた。
俺のメイクが終わるのを待っていてくれている。………優しい。
「うん、それでさ。俺、マラカスを着ける意味が分からなくて、メイク室にはもちろんマラカスなんてないから、俺急いで近くの店に行って水とつまみ用のナッツを買いに行ったんだ」
「………なんか、読めてきたぞ」
「それで本番の時間になって現場入りした時に、俺は髪ボサボサの状態のノーメイクでお手製のマラカスを振りながら現場に入ったんだ。現場スタッフたち、めっちゃ爆笑してた」
「マジかよ……」
「すぐに先輩とスタッフの1人に回収されて、ちゃんとしたメイクや着替えをさせて貰ってから再び現場入りしたんだけど、向こうの現場監督がマラカス持ちの俺を気に入ってくれてお手製のマラカスを持った最新コーデの俺を撮ってくれたんだ」
「スゲェな、監督」
「特大ポスターにもなったし、雑誌にも載った。それがこれ」
俺は自分のスマホを操作して、当時の写真をしーちゃんに見せてあげた。
しーちゃんと、俺の話を興味深そうに聞いていたスタッフ数名が、その写真を見て爆笑してくれた。
「これはない!」
「なんでOKが通るの!」
「最っっ高!」
「イケメンの無駄遣い!!」
様々な感想が飛び交う中、俺はしーちゃんに笑みを見せた。
「今度、俺の相棒(マラカス)見せてあげるね」
「期待してるわ、マラカスのプリンス様」
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