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柴崎が門の前で待っていると、程なくして徳兵衛がやってきた。今まで何度も松五郎に門前払いを食らっていたから、耕助から報せを受けて慌てて出てきたのだろう。徳一郎の葬儀の支度もあるだろうに、供の者も付けず、たった一人で――そして、柴崎に会うなり泣き崩れた。
申し訳御座いません、申し訳御座いません――徳一郎が、孝之様を。
その先は、言葉にならなかった。涙に咽び、地面に蹲るようにしてただただ詫びる徳兵衛を見て、柴崎は――心底、哀れに思った。
もういい――そう言って、柴崎はしゃがんで徳兵衛の肩に手を置いた。
「お主も、さぞ、辛かったであろうな」
予想もしなかったであろう言葉に、徳兵衛が驚いて顔を上げた。
その目を見つめて、柴崎は再び口を開く。
「我らは、互いに息子を亡くした。もう、それだけでよかろう……もう――よいのだ」
そう言って、柴崎は立ち上った。そして徳兵衛に背を向けて、屋敷の中へと向かう。徳兵衛の嗚咽を遠く聞きながら、柴崎は思った。
徳兵衛は、あの日が来るまで知らなかったのだ。己の息子が、己を蔑み、双子の兄の子を妬み、殺したことを。そうだと、信じたい。
あの、憔悴しきった様子で、土に塗れて詫びる姿を、嘘だと思いたくなかった。思えなかった。柴崎の目に映る徳兵衛は、突然に己の立っていた地面が突き崩されて奈落に沈んだ、哀れな父親だ。
その、己の目すら信じられないのなら――柴崎は、もうどうしていいのかわからなくなる。
己の部屋に戻って、柴崎はぺたりと腰を下ろした。松五郎が既に片付けてしまったのか、耕助らが座っていた座布団や、手もつけなかった茶は、どこにも見当たらない。
柴崎は、庭へと目を転じた。そこには、藤棚があって、池があって――でも、地面は綺麗に均されているし、日に照らされて乾いている。
柴崎は、ゆるりと目を閉じた。
ここしばらくの出来事の余韻は、もうどこにもなかった。いっそ、全て嘘だったかのようだ。
(ああ、それは違うな)
こんな昼日中に柴崎が屋敷にいることこそが、変事があった何よりの証拠だ。
柴崎は何よりも例繰方のお役目が好きだったから、こんな時分に屋敷にいることなど、今回を除けば一度しかない。
あれは、孝之を亡くしたときだった。
そして、今回は――
(……高、なのか)
柴崎の人生の中で、失くしたくないものなんてそうそうない。でも、その数少ない内の二つが、柴崎の手の届かないところへ行ってしまった。
でも、何故だか涙は出ない。
どうして、こんなことになってしまったのだろうなあ。
ぼんやりと、柴崎は考える。でも、何も浮かんでこない。
その理由はなんとなくわかる。何をどうしたら、こうならなかったのか――そんなことを考えたって、起こってしまったことはもう変えようがないからだ。
世の中に、理不尽なことは山ほどある。人の力では太刀打ちできないような不幸が、この世には溢れている。
でも、それに文句を言ってどうするというのだ。世の中も、他人も、己一人の力では何一つ変えられない――
無力なのだ、柴崎など。人など。だから。
「世の中は、なるようにしかならぬのだなあ…」
柴崎は、そう呟いた。
そのときだった。
「――旦那様、お客様が」
背後から、松五郎の声がした。
客か――今日は、もう疲れたのだが。それでも一応振り返って、誰が来たのだと柴崎は問う。すると、何故か松五郎は表情を曇らせて口篭った。
「はあ……それが――春川様が、いらしております」
今度は、柴崎が表情を曇らせる番だった。春川? ということは、右近なのだろうか。そういえば、その辺りの事情はまだ松五郎には話していないから、戸惑うのも無理はなかろうが。
どうせなら、耕助と一緒に来てくれればよかったのに。そう思いながら、柴崎はため息を吐く。
「流之介殿か。ならば、この部屋に――」
「いえ、そうではないのです」
言いかけた柴崎に、松五郎は首を横に振る。右近でないなら、一体誰が。
首を傾げる柴崎に、松五郎は困惑した表情でこう告げた。
「いらしているのは、流之介様のお父上に御座います」
柴崎は、目を瞬かせた。
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