負け組、一転

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 長く続けた仕事を辞めた(辞めたくはなかったが、いくつもの職場を転々としているうちに、年齢を理由に最後の職場の雇用契約が切れた…)。その後の喪失感と言ったらなかった。自分はいらない人間だということを思い、悶々と過ごす日々が続いた。  仕事を辞めた年に世界は一変し、ネットの世界でこれまで出会ったことのない人たちと交流することが増えた。そんなある日、これまでの人生でまったく就職をして雇われたことがないという人に仕事のことを話したら、「おめでとう」と言われた。なんだコイツ、他人事だと思って…という反発があった。  しかし、数年が経過して気づいた。  社畜の自分にはわからなかったことが世の中には数多く存在した。  退職後の最初の一年目、平日の昼間からショッピングビルのカフェで、ネットで出会った友人とリアルで会ったりしているのに後ろめたさがあった。しかし、実にたくさんの人(特に女性)が〝そこ〟にいるのかがわかった。この人たちの多くは、自分が何十年も夜と日曜日しか自由にならない時を過ごしていた時にも、〝ここ〟にいたのであろう。  平日の昼間は、かつての私のような人間がいない空間だとわかった。そして、その快適さを知ってしまった。  そうはいっても、行きつけの美容院で毎回、〝今日は休みですか〟と言われるのは苦痛だった。しかし、今や笑って〝隠居しました〟と言う。ーーそう、私は中高生の頃から、世捨て人になるのに憧れていたのをいつしか思い出していた。  私は今、こうして、匿名で小説を書いたりしている。少女の頃の私が嬉しそうに笑って言う。  「やっと〝ここ〟まで来られたね。おめでとう」
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