寄り道は同級生の兄と

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寄り道は同級生の兄と

 昨日の放課後、みはっちの兄ちゃんをあじさい公園で見つけた。雨宿りしていてもみはっちの兄ちゃんはいつも通り勉強していて、相変わらずだなぁと思った。  みはっちの兄ちゃんとは時々顔を合わせることがあったけど、向こうはおれを見るといつもイヤそうな顔をしていた。先生がおれを叱る時の顔に似ている。たぶん、みはっちの兄ちゃんはおれのことがあまり好きじゃないんだろうな。  みはっちが言うには、みはっちの兄ちゃんは無愛想に見えるけど本当はすごく優しいんだって。それを聞いた時は信じられなかった。でもみはっちと話す時にはたしかに優しそうな顔をしていた。その顔が向けられているみはっちのことがちょっとだけ、うらやましいとも思った。みはっちは頭が良くて先生によくほめられていて、おれとちがって大人の人に好かれやすい。みはっちの兄ちゃんにとっては妹だし余計に好きなんだと思う。  もしだけど、仲良くなれたらみはっちの時みたいな優しい顔でおれと話してくれるのかな?みはっちの兄ちゃんと仲良くなるにはどうしたらいいんだろう……おれは頭が悪いから、バカみたいにしゃべりかけ続けることしか思いつかなかった。  昨日雨宿りしている間はみはっちの兄ちゃんに話しかけてもずっと無視されていたけど、最後にはおれの話を聞いてくれて指ゲーに付き合ってくれた。みはっちの言ってたことは嘘じゃなかったみたい。  正直、あの時虹が出なかったらどうしようと思った。もし本当にこれが最後になったら……と心配になった。虹を見つけた時はゲームに勝った嬉しさよりも、みはっちの兄ちゃんにこれからも話しかけてもいい安心感の方が強かった気がする。  今もおれだけがずっとしゃべりながら、駄菓子屋にいっしょに向かっている。みはっちの兄ちゃんはおれの方を見ずに頷いているけど、勉強の本は見ていない。なんで本を読まないのか聞いてみたら、「今は勉強しない時間と決めている」って言ってた。ガリ勉のみはっちの兄ちゃんでもそういう時があるんだな。    駄菓子屋にはおれと同じ小学生ぐらいのやつが何人かいた。みはっちの兄ちゃんみたいな背の高い高校生はいなかった。みはっちの兄ちゃんは小学生に混ざるのがイヤみたいで、店の中に入ろうとしない。 「みはっちの兄ちゃんは何か買わないの?」 「買わない、駄菓子は食べない。今は……」  みはっちの兄ちゃんは店の外から駄菓子の並んだ棚をじぃっと見ている。 「昔は美晴と時々来てた。この店、あまり変わってないんだな……」  みはっちの兄ちゃんは少し優しげな顔をしていた。昔のみはっちの兄ちゃんってどんな子どもだったんだろう。今よりもたくさん笑っていたのかな? 「ほら、アイスを買うんだろ。早く選んで来いよ」  みはっちの兄ちゃんはアイスの入ったケースを指さす。 「あっ、そうだった。見てくる!」  おれはケースのふたをガラッと開けて、アイスを眺めた。外はじわっと蒸し暑いけど、ケースの中は冷んやりしていて気持ち良い。両手だけじゃなく頭もつっこみたくなる。おれはお気に入りじゃない方のソーダアイスを取った。一つのアイスに棒が二本ささっているやつ。 「みはっちの兄ちゃん、これにする!」 「いくらなんだそれ」 「おばちゃんに聞いてくるね」  駄菓子屋のおばちゃんに言われた通りの値段を伝えると、みはっちの兄ちゃんは真っ黒な財布からピッタリのお金をおれに渡した。    ソーダアイスを袋から出すと半分に割って、みはっちの兄ちゃんに声をかける。 「はい、みはっちの兄ちゃん!」 「な、なんだ?」  みはっちの兄ちゃんはおれがあげようとしたアイスをポカンとした顔で見ている。 「このアイス割ったら二人で食べられるやつなんだよ」  みはっちの兄ちゃんはビックリしたみたいに目を開く。 「俺はいいから、一人で食べろって」  素直にアイスを受け取らないみはっちの兄ちゃんにムッとした。 「何で?みはっちの兄ちゃんのお金なんだから遠慮しなくていいじゃん!アイスも嫌い?」 「嫌いじゃないけど……」 「早く食べないと溶けちゃうって!」 「……わかったよ」  みはっちの兄ちゃんは降参して、おれからアイスを受け取った。 「ねえ、うまいでしょ?」 「まぁ、値段の割には」  みはっちの兄ちゃんは小学生たちの目を気にしてか、少し恥ずかしそうにアイスを食べている。あのみはっちの兄ちゃんと一つのアイスを分け合って食べるなんて、昨日までは考えられなかったな。本当はもっと氷がザクザクしてるソーダアイスの方がおれ好きなんだけど、今日はこっちのソーダアイスを選んで良かった。    アイスを食べ終わると、駄菓子屋にいるのはおれとみはっちの兄ちゃんだけになっていた。 「もうこんな時間か、暗くなる前に帰ろう」 「うん」  アイスケースの横の缶にアイスの棒を二本投げこんで、来た道をまたいっしょに歩きはじめる。  この時間がもう終わってしまうんだと思うと、寂しくなってきた。もっと色んなこと話したいんだけどな。みはっちの兄ちゃんのこととか聞きたい。例えば…… 「ねえ、そういやみはっちの兄ちゃんの名前ってなんだっけ?」 「晴れに人と書いて晴人だ」 「晴人、かっこいい名前!」  おれがそう言うと、みはっちの兄ちゃんの口の端が少し上がったように見えた。 「木之本くんだって、それなりに立派な名前をしているだろ」 「まぁね!カナタもかっこいいけど、ハルトっていいじゃん」  晴人、て何度も口に出して言いたくなる。 「あのさ、晴人兄ちゃんって呼んでいい?」 「……好きにすればいい」 「やったぁ!晴人兄ちゃん!じゃあさ、おれのことも奏太って呼んでよ」 「は?何でだよ」 「イヤならかーくんでもいいよ!」 「呼ぶか!」  晴人兄ちゃんは黙ると、遠くをにらみながら口を開いた。 「……奏太くん、でいいか?」  晴人兄ちゃんにそう呼ばれると、胸がくすぐったくておかしな気持ちになった。 「……何をニヤニヤしているんだ」 「えへへ、なんか仲良くなったみたいでいいなって」 「名前だけで単純だな……」  晴人兄ちゃんの声がいつもよりやわらかく感じる。その声を聞いていると、おれはもう少し欲ばりたくなってきた。 「ねえーやっぱりさ、おれも晴人くんって呼んでいい?」 「馴れ馴れしい!」  晴人兄ちゃんにあっさり断られた。 「えー好きにしていいって言ったのに」 「限度がある!調子に乗るな」  晴人兄ちゃんって、校庭に時々やってくる懐きそうで懐かない野良猫に似てるかも。    おれの家の近くまで来ると、晴人兄ちゃんは立ち止まって咳払いした。 「奏太くん、これからも……その、美晴をよろしく頼むな」  晴人兄ちゃんから言われると思わなかった言葉にちょっとだけビックリしたけど、嬉しくなった。 「当たり前じゃん、晴人兄ちゃん!」  晴人兄ちゃんはサッと片手をあげると、反対方向に向かって歩いていく。本を読んでいない晴人兄ちゃんの背中は真っすぐで広くて、かっこいいなと思った。  虹を見つけた時よりもアイスを買ってもらうよりも同級生の兄ちゃんと仲良くなれることが嬉しいだなんて、変なの。もっと仲良くなれたら、晴人くんって呼んでも許してくれるかな。晴人兄ちゃんに次会ったらどんな話をしよう。
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