妹の結婚

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 ヒュッ。  喉元に剣先を突きつけたのと、弾いた相手の剣が地面に突き刺さるのは同時だった。 「まいった」  降参、とでもいうように相手は両手をあげる。  しかしその顔は満足そうで、レオンハルトはほっとして剣を下ろした。 「ありがとうございました。師匠」 「あのなぁ。何度も言うが師匠はやめてくれ。こっちのが年上とはいえ、さして変わらないんだぞ」 「剣術も武術も、生活能力も鍛えてもらったんですから、当然でしょう」 「剣術やらはともかく、生活能力はなかったものなぁ。まあ仕方ないかもしれんが、王子様」  その皮肉もレオンハルトには聞きなれたもので、肩をすくめて受け流した。  シシオール王国、第一王子。レオンハルト•ウル•シシオール。  彼は五年前、次期王位継承者のならわしに従い、一人で自らが治めることになる国全てを回る旅に出た。そして、旅立ち直後、盗賊に襲われかけたところを「師匠」に助けられたのである。  「師匠」は、自らをジョーと名乗る傭兵であった。  ファミリネームは、あるのかないのか五年経ったいまも教えてもらっていない。途中からレオンハルトも聞くのを諦めた。それにさして問題もない。レオンハルトはあくまで「師匠」の強さと人柄に惚れたからこそ、押しかけ弟子になったのだから。  一応レオンハルトの名誉のために付け加えておくと、けして彼は弱くはなかった。第一王位継承者として相応しい教育を受け、十分に応えてきた自負もあり、そしてそれは間違いでもなかった。ただ、彼が学んできたのは所謂「お綺麗」な剣であって、そもそも盗賊のような我流自己流多勢に無勢の卑怯上等というような相手を想定してのものではなかったのである。 「師匠のおかげで随分泥臭く戦えるようになりました」 「嫌味か」  何度やめろといっても師匠と呼ぶ自称弟子に、もはや何度目かもわからないため息をついて、地面に突き刺さった細い剣を抜き、軽く拭うと腰の鞘にしまった。 「まさか」  レオンハルトはからりと笑う。 「王宮では絶対に経験できないことですからね。あと、得意になったのは、値切りの交渉とか、獣をさばくのとか、傷んだ野菜を料理するときの誤魔化し方とか。じかに地面で寝て平気になったときはちょっと感動しましたもん」  「おまえ王宮帰っても余計なこというなよ」  いくら一人で国内全土を周るのが慣わしとはいっても、大抵は馬なり使って重要地点を治める貴族の領地を見て回る程度だという。レオンハルトのように馬鹿正直に全国各地放浪の旅に出るものではないのだ。  時間はかかるし、何より危なすぎる。  もっとも「師匠」としては、だからこそーーたまたま行き先が同じであったという建前でーー同行者になった経緯があるものの、それはそれ。そしてそれとていつかは終わるのだ。 「そろそろ全土回っただろう」 「そうですね。あ、師匠。実は帰る前に婚約者にプロポーズしようと思ってるんです」 「は?」 「それで、師匠。いっしょにきてもらえませんか?」 「は?」 「駄目ですか?一本取れたらお願い聞いてくれる約束じゃないですか」 「いやいやいや。まてまてまて。おまえに婚約者がいるのはそりゃそうだろうが、プロポーズってなんだ。王子の結婚だろう?プロポーズもくそもないだろう」  そもそも、婚約者しているのにプロポーズとはなんぞや。師匠が頭を痛めるもの当然であった。 「婚約者したのは旅にでたあとなんです。でも、それは当人のしらないところで進んでる話なので、でもわたしとしてはちゃんと彼女に誠意をみせたい。無事旅を終えてひとまわり大きくなった暁には、彼女に自分の口から結婚してほしいと伝えたかったんです」 「はー。純粋というかバカ真面目だな。王族の婚姻なんぞ政治であって当人の意思なんぞ関係ないだろ」 「…それはそうですけど、彼女に関しては、わたしが一目惚れして父君に是非にってお願いしたんです」 「ほー。因みにどちらのお姫さんなんだ?」 「隣国の第二王女でした」 「でした?」 「あ。その。実は最初、全く知らずに一方的にお慕いしてしまって、流石に立場もあるので素性を調べてもらったら、まさかの出自で驚きました」 「へぇ。で、どこにほれたんだ?」 「強くて逞しいところですかね。強くて、逞しくて、綺麗で。年上なのもあって、博識ですごくしっかりしてるんですけど、たまに抜けてるところもあって。そういうところは凄く可愛いんです。でも生半可な男じゃ「彼女」は認めてくれないだろうし、すげなくあしらわれそうだったので、今まで頑張りました」 「おまえさんが、そこで惚れてるお姫さんがどんな女か興味はあるが…まぁ、お前は出自抜きでも十分いい男だ。統治者としてもいい王になるだろうさ。自信持て。お前に惚れられて嫌がる女はいないよ」 「本当ですかっっ」 「あ、あぁ。安心しな。保証してやる」 「ありがとうございますっ。じゃあーー」  レオンハルトはとてもいい笑顔で礼をいうと、その場に跪いた。 「どうか、わたしの妻になってください。エナハ国第二王女、ジョセフィーヌ•セブ•エナハ王女」 「は?」 「まさか師匠が、出奔した隣国の王女だったなんて調査結果聞いてびっくりしました。まあ、おかげで障害がなくてよかったです」 「は?」 ※※※  後日。十年会っていなかった実姉からは。ひとこと。  おめでとうと告げられた。
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