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③同級生との夜
俺は自らが招いた、
長いトンネルの入り口に立っていた。
答えは当面先。
俺は知らなさすぎた。
俺の精神性は、
たった一度の、
無機質な繋がりによって、
無価値な勘違いによって、
少しずつ綻んでいった。
ユースケさんとの後、
バイトは辞めた。
俺はあてもなく、
散り際の美しさを身に纏い、
最後の一花を振りまきながら、
暗闇の中へ歩みを進めた。
その年の冬の事。
同い年のマサトシは、
いつも連んでる4人の同級生の1人。
俺は気付いていた。
俺に向けられる視線、
俺に向けられる触れ合い、
俺に向けられる探り、
盛りの頃の俺なら、
間違いなく、
俺から望んだはずだった。
ユースケさんとの屈辱は、
俺から自信と魅力を少しずつ奪い、
処理道具としての性能だけを、
残していた。
それに気づき始めた俺は、
勝負するしかなかった。
マサトシは、
俺と一緒に暗闇から出口へ行って、
散る俺を永遠に美しいまま、
留めてくれる気がしたからだ。
「今日は飲み過ぎたか?」
「マサトシ、俺もうふらっふら」
マサトシからは、
普通の男子大学生特有の影が見えない。
スリムな体型に、
切れ長の目、
笑顔になると目立つえくぼ。
縁の無さそうな、
他2人とは明らかに違う。
「マサトシさ、こないだのコンパ来なかったじゃん?持ち帰り率高かったぜ」
俺は立ち回りは上手かった。
当然持ち帰りなどはしないが、
まさか俺が…と思うやつはいなかった。
「そうなんだ。俺はみんなと飲んだり、カラオケ行ったりがいいんだ」
「もったいないぜ。絶対モテるのに」
「知ってる!笑」
相手にされない他2人には聞かせらない会話。
「なら、なんで?」
「なんでも!興味湧かない」
俺と肩を組み、
溢れる笑顔で言う、
「もう一件行こ!」
耳元で囁いたマサトシ。
「了解」
初めて2人で飲み直した。
普段飲んでもクールなマサトシ。
笑い上戸にはなるが、
具合悪くなったり、
口が悪くなったり、
そんな事は一切なかった。
ただ、
今日に限っては、
口調が妙に柔らかくなり、
俺にもたれかかったり、
直視したり、
唇の乾きを気にしたり、
いつもの飲んでる雰囲気と違う。
「もう、帰るぞー」
「うふふ、やーだ!」
「どうすんだよー、終電なくなるじゃん」
12時は目前だった。
「やーだ。眠いー」
「タクシー使うか?」
「お金なーい」
初めて見る、
なんか可愛いマサトシの一面。
「仕方ないなぁ、今日は朝まで付き合ってやるよ」
「やったぁ」
ずっと笑顔なのが不思議だった。
かなりの千鳥足になったマサトシを、
飲んでた居酒屋の隣にある、
ビジホに連れて行き、
朝まで寝かせてやろうと受付した。
「男同士でホテルでーす」
普段はそんなノリをしないマサトシ。
相当酔っ払ってるなと思い、
「はいはい、そうだよ」
軽く流したものの、
受付女性は怪訝な表情だ。
「珍しいよな、こんなマサトシ」
「お前の前だけでーす」
「俺もすっかり信用されたもんだ」
「だーいすき」
酔っ払いの戯言を振り払い、
部屋に入る。
「シャワー浴びて少し冷ませよ」
「脱げないー」
ベッドに大の字になるマサトシ。
「しょうがないやつだな」
マサトシの服を脱がせていると、
少しずつ俺の本性も顔をのぞかせる。
コート、
セーター、
ジーンズ、
一枚一枚脱がすと、
Tシャツ越しに、
明らかに低い体脂肪の身体、
くっきり割れてるだろう腹筋がわかる?
そして無駄毛がない太ももが現れる。
半分眠ったように、
むにゃむにゃと寝言を言ってるマサトシ。
それをいいことに、
俺はボクブリ一丁にした。
マサトシの首筋から、
腋、
胸元から腹筋…を堪能してみた。
軽く独特の体臭があり、
実は俺好みの匂いだった。
出会った時から知ってる匂い。
それ以上は、
もちろんやめた。
それでも起きないマサトシを寝かせて、
俺も休むことにした。
眠ってしまった俺は、
人肌の温度で目が覚めた。
マサトシはいつの間にか、
俺のベッドに入り、
俺に巻き付くようにして寝息を立てている。
俺は一度躊躇った続きをした。
罪悪感に苛まれつつ、
残りの一枚をそっと脱がせ、
一糸纏わぬマサトシは美しかった。
全体的に健康的な肌色と、
先端部分の淡い色合いの対比が。
優しく触れ、
嗅ぎ、
味わう、
無意識にピクンピクンとする昂りを、
受け入れる準備をした時。
「初めてなんだ…」
マサトシが甘えた声を出した。
そうか、
寝たフリだったんだ。
「俺に任せな、マサトシを男にしてやる」
「ううん、違う…女みたくして欲しい…」
俺は戸惑った。
やっぱりいつものマサトシじゃない。
上ずった声に、
潤ませた目、
俺はあのタケルとの至福の時がよぎり、
冷めかけた。
俺の女は、
嫁はタケルただ1人と決めたはず。
最初で最後と契ったんだ。
「お願い…」
マサトシの懇願を、
拒否できる程、
俺は大人じゃなかった。
俺は叶えることにした。
マサトシが望むように。
俺の意志は関係ない。
ひたすらに、
マサトシが願う女にするべく、
マサトシの初めてに俺の痕跡を残した。
余韻に浸るマサトシは、
まさに、
女のそれだった。
想定とは違う展開。
俺の理想は逆だった。
でも応えてしまった。
タケルを裏切った後悔と、
俺が望んだマサトシじゃなかった事に、
冷めた俺は、
覚えて間もないタバコをふかし、
白々とし始めた朝空に遠い目をしていた。
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