後でしか悔やめない

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 苛立ちが収まらない。  なんなんだよ。騒ぎ立てる気がないなら来なきゃいいだろわざわざ、そっちの言いたいことだけ言いやがって、言うだけ言うくせに、責めるでもなじるでもなくただ自分の知りたいことだけぶつけて、勝手に反応を判断して。  玄関のドアノブに手をかけて、思い出したように弟が振り返った。 「最後に一つだけ。受賞したときの気分はどうでした。おめでとう、と言われたんでしょう」 覚えてねえよ、もう十年も経ってんだ。追い出したい気持ちを抑えて唇を結ぶのが精一杯だった。最後まで向こうは何を考えてるのかわからないのに、こっちの頭の中だけ勝手に覗かれてるのが余計腹立たしさを加速する。ドアを閉めると同時にチェーンをかけて蹴りつけた。クソ。なんなんだよ、なんで今頃。  十年前。オレは、受賞を単純に喜んだ。ほんの少し心配もしたが、あいつが描いたことは、あいつが漫画を描こうとしてた自体、オレ以外に誰も知らない、信じ込んでいたから。実際、あっけないほど何事もなく連載まで始まった。あれは面白いと思ったから描いたんだ。オレしか読まないままなんてもったいないじゃないか。山橋だって応募したいって、たくさんの人に読まれたかっただろうし、だからオレが代わりに描いたんだ。それだけじゃないか。あいつが描いてたネームの先はオレには続けられなかった、けど。  どんな気分だった?  不意に、弟じゃなく山橋に聞かれた気がした。背筋が冷える。あの弟の能面みたいな変わらない表情のせいで、山橋までがのっぺらぼうにたずねてくる。  どうだった?
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