3.余所者の機転

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3.余所者の機転

 座敷にいる店主たち十数名の目が一斉に自分に向くのを意識しながら、柴本は手元のペットボトルから飲料を一口だけ飲んだ。  座敷に上がる前に外の自販機で買ったものである。  机に席を用意された店主たちには、園山が手ずから氷入りのウーロン茶を用意していたが、部外者である柴本には何もなかった。 「この度はお招きいただき、ありがとうございます。便利屋の柴本と申します」  胡座から正座の姿勢に正してから、凜とした声を発した。24畳の座敷の隅々まで響き渡るが威圧的に聞こえない程度、しっかりと計算されたボリュームであった。  身長は162センチ。座敷にいる者の中では最も小柄だ。彼より頭ふたつ分は背丈のありそうな者も数名いたにも関わらず、気後れする様子は少しも見受けられなかった。  現在の仕事を始める前、10年ほど陸上防衛隊(りくじょうぼうえいたい)に籍を置いていた彼にとって、店主たちのプレッシャーなど気に留めるまでもない。  一転して、部屋の空気が静かになった。怒りと昂揚の匂いが、全身を毛皮に覆われた獣人に合わせて強めに設定されたエアコンの風に吹き散らされ、瞬く間に薄れてゆく。それを鼻で捉えながら、柴本は言葉を続けた。 「末の席からの意見、失礼いたします。  一部始終を確認できる範囲で致しました。  問題の対処はふたつ考えられます。  まずひとつ。誹謗中傷への対処。  ネットの書き込みが誰によってなされたのかを調べ、法的な手段に(のっと)って対処します。  調査などは専門家に依頼することになりますね」  一旦言葉を切り、十数名の店主たちを見て、深呼吸する。  つい今し方まで部屋に充満していた怒りの匂いは消えている。代わりに漂うのは期待か。  嗅覚の鋭い者が多い犬狼族のなかでも鼻の利く柴本は、表面的な感情の変化を匂いとして嗅ぎ分ける術を会得している。  防衛隊に在籍していた頃に磨き上げたのかもしれないが、当時のことを本人は語ろうとしないので詳しいことは分からない。  深く息を吸ったことで、この店の主である園山が付けるで胸がむかつくような気がした。獣人たちばかりにもかかわらず配慮に欠ける臭いは、彼が嗅覚がさほど鋭くはない狒々族(ひひぞく)だからか。  上座に座る赤ら顔を一瞬だけ見る。気を紛らわすべく、手元のボトルを(あお)り、喉を潤してから続けた。 「もうひとつ。ネットの書き込みによって減った客足を取り戻す、イメージアップの取り組み。  これはお集まりの皆さんを中心に、及ばずながらおれも協力させていただきます」 「具体的な案は何かあるのか?  ぼくらは長い間ずっと、この商店街を盛り上げる方法を考えてきた。けど、効果的な策は見つからないままなんだ」  声を発したのは、そば屋の店主である黒山だ。彼もまた居並ぶ面々の中では小柄な部類で、歳も柴本とそれほど変わらない。その言葉をきっかけに、今まで静まりかえっていた面々もまた、ざわめき始めた。  もう一度、柴本は深く息を吸って吐いてから 「何をするかを考える前に、一旦クールダウンする必要があるかと。  さっきみたいに怒りの匂いが強ければ、誰だって呑まれてしまう。  きっと良い案なんて出ないでしょう。  皆さんにも商売がおありでしょうし、おれも同じです。  そこで、一旦はお開きにして、明日のこの時間にふたたび集まるので、どうでしょうか?」 「あ、ああ。そうだな。そうしよう」  商店街の長である園山が同意し、寄り合いは解散となった。
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