11.(色々な意味で)ダメです

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11.(色々な意味で)ダメです

「それで、進捗どう?」  進捗ダメです。  古今東西、編集者と作家の間で数限りなく交わされ、そして未来永劫途絶えることはないであろうやりとりである。知らんけど。  なんか前にはわたしの方が編集長とか呼ばれていた気がするけど、もうどうでもいいや。   「即答かよ。それにしても沢山書いたなぁ。ちょっと見せて」  わたしの答えを待たず、ボールペンで書き殴ったルーズリーフの死骸たちに目を走らせる柴本。  きゃーエッチ(棒読み)。あと、もうちょっと何か着たら?   「毛皮のせいで暑いんだよ。なかなか乾かねぇし。あ、お返しにいいモノ見せようか?」  ちょっと待て何を見せる気だ。呼吸するレベルで気軽にパンツを脱ごうとするんじゃない。 「なんだよー。遠慮するなって」  全然していないぞ。人類が皆、露出狂のケがあると思わないでいただきたい。    わたしの反応をよそに柴本は、乱雑に散らかした紙を見ては束ねを繰り返し 「やっぱりお前、面白ぇモン書くじゃん」  へ?    思わず、半裸の柴本に目をやる。立体縫製のローライズボクサーが大変に扇情的に見えてしまい、慌てて目線を逸らす。  写真集のモデルでもやるつもりなのかと思うほど、オシャレを通り越してケバい色とデザインだ。  あきらかに隠す気のないド派手なピンクの迷彩パターン。迷彩の意義って何? やる気あんの?  それと、どうして横の布地が――なんかもういいや。    全身を毛皮に覆われているかと思ったけれども、よく見れば胸やお腹、腋や腕それに太股の内側は意外と毛が薄い。  以前に、獣人はその辺りに汗腺が集中していると本で読んだけれど――もとい、そっちじゃなかった。   「お、気が変わった? 遠慮するなって。こっちも中々いい仕事っぷりって評判なんだぜ。おれの自慢の」  それ以上言うな。とにかくパンツに手を掛けて妙な踊りをするのは今すぐやめろ!   「あー、だいぶ煮詰まってんなー。ほら、風呂でも入って気分転換してこいよ」    ストリップごっこを始めそうな柴本から逃げるように風呂に向かう。洗い場は獣人用全身シャンプーのいい香りが残っていた。  半年くらい前、そのシャンプーいいねと軽率にわたしが褒めちゃって以来、ずっと柴本はこれを使い続けている。    一体どういうつもりだ、あのケダモノ。  なんか妙に心がソワソワというかイライラする。シャンプー間違えないようにしないと。    悶々とした気分で体を洗って湯に浸かる。上がるときに網ですくい取っているのか、抜け毛が少しも浮かんでいない。  言動は大雑把な癖に、要所要所が丁寧で細やか。そんなだから周囲の評価は推して知るべし、である。    背丈は低く、手足の短いずんぐりした体型。全身のあらゆる部位が太くて短く、お腹の辺りは丸っこい。  ぺっちゃんこ、とまではいかないにしろ口吻(マズル)が寸詰まりな仔犬顔。  人間と獣人どちらの基準と照らし合わせても美形とは程遠い。なのに、老若男女を問わずヤツの周りには人が絶えない。    高嶺の花、という言葉が頭に浮かんで消える。  随分と不格好な花もあったものだ。  あーあ、どうしてわたし、あんなヤツのことなんか――いやいやいやいや!  ぶんぶん頭を振って要らぬ考えを追い出そうと試みる。    そういや、ちょっと前まで、柴本もこの湯に浸かっていたんだよな。  気付いてしまったわたしは、湯舟の中で思考を放棄――完全にダメになった。
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