10.文字との戦い

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10.文字との戦い

 ――はぁ。  思わずため息が漏れる日曜の夜。  理由は明日が月曜だからじゃない。たしかに憂鬱だけど。  今、柴本は風呂に入っている。  ため息を聞かれて心配されることは考慮しなくていい。だから存分にやる。    ボールペンで書き殴った無地のルーズリーフをテーブルの隅に追いやり、新品の一枚を手元に置く。  メモを見ながら、昨日と今日で行った商店街の取材を思い出す。最初に行った猩々軒こそ散々だったが、その後は驚くほど順調だった。  牛島菓子舗の牛島氏からは、そば処 くろ山とコラボレートしたそばスイーツの開発秘話や、今後の展望についてたっぷり聞けた。それと、今の季節にピッタリの和菓子や味わい方なども詳しく教えていただくことが出来た。    今日、最後に訪れた、くまの模型舎の店主である熊野氏は、2メートルを超える堂々たる風体に反して――などと言うのは種族差別(レイシズム)的思想ととられかねないので気を付けなければ――非常に気さくな方で、色々話しているうちに近々模型コンテストを開催しようという話になってしまった。    柴本は調子に乗って、アニメに登場するロボットのプラモデルを買ったようだけれど、ちゃんと組み立てるのか怪しいものだ。  彼のクローゼットには、まだ箱から出してすらいないプラモデルがそこそこ積み上がっているのを、わたしは知っている。    取材というより童心に返って遊んだ気分で、とても楽しかった。  ただ、それを文章それもお店の紹介記事にすることを考えると、途端に手と頭が重たくなる。    いつも眞壁氏に送っている報告――柴本の観察もとい活動記録とはわけが違うのだ。日記や小説のように自由に書いて良いものではない。大勢の目に触れて、見やすいかどうかを強く意識する。なにしろ宣伝用のフリーペーパーなど初めてで、勝手が分からない。    取材から戻って最初のうちは、自分の部屋で作業を進めていた。が、気付けば積んだままだった本の山を――柴本の積みプラを少しも笑えない――読み崩し始めてしまうなど脱線続きだったので、夕食を終えてからはリビングのテーブルに場所を移した。    ノートPCは持ってきたけれど、まだ使わない。いきなりキーボードに向かうと、頭の中から言葉やイメージがどんどん蒸発してしまう気がするのだ。  まずは紙に書く。  ルーズリーフはまとめ易くて便利だけど、下書きするときには罫線やマス目すら命令されている気分で煩わしい。だから真っ白な物に限る。  書く。とにかく書く。書き殴る。書き散らす。書き捨てる。  
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