14.お疲れ様の食卓

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14.お疲れ様の食卓

 炊きたてのご飯にレトルトの中華丼。それと、フリーズドライの味噌汁を温めたやつ。あとは水。普段の夕食ならそれで充分だ。野菜が少し足りないけれど、今日くらいは大丈夫。そんなことより、柴本が気がかりだった。  向かいの席で、黙々と丼をかっ込んでいる。会話が弾む普段の食卓と比べれば異常な風景に見えてならない。 「ん、どうした?」  空になった丼を置いて、わたしを見た。口元にご飯粒が付いている。  いつになく気の抜けた様子に、大丈夫か、もしかしたら仕事で何かあったのかと問うと、今まで無表情だった顔に笑みを浮かべ 「おう。順調だぜ」  本当に? まだ半分ほど中身の残ってる丼をテーブルに置き、身を乗り出すわたしに、しかし 「本当だってば。やること多くて忙しいけど、上手く言ってるんだ。あ、話聞きたい?」  興味がないわけではなかったが、それより今は疲れている獣人(ひと)に無理をさせたくはなかった。  先にお風呂に入って来なよ。洗い物はやっておくから。そうだ、肩とか腰とか凝ってるでしょ? マッサージやってあげようか? 「へー、マッサージ?」  眠そうな目をこちらに向ける柴本。    前、ちょっとやってたんだ。昔の知り合いには好評だったよと言うと、ごく一瞬だけ、ハッキリと口吻(マズル)の根元にシワが寄った。  どうしたのとわたしが問うと、すぐにいつものへらへらした表情に戻り――。 「別に。何でもねーよ。んじゃ、色々頼むぜ」  ふらついた足取りで風呂場へと向かって行くのを見送った。  **********  かつて籍を置いていた陸上防衛隊で、完璧な掃除や整理整頓術を叩き込まれたという柴本の部屋は、いつでも綺麗に片付いている。  温かな色合いの間接照明が、棚や机の上に飾られたフィギュアやクレーンゲームの景品であろうぬいぐるみ、組み立て済みのプラモデルを淡く照らす。  その部屋の真ん中に敷かれた布団に、柴本は赤茶の毛並みを(うつぶ)せに横たえていた。今にも寝てしまいそうだ。  身長の割に広い背中をまたぐように立ってから、身を屈めて首元の毛並みに手を伸ばすと 「その姿勢キツいだろ? ひざ付いていいぜ?」  眠そうな声。重たかったら言ってねと断りながら、まだ微かに水気を残す毛並みの上にひざをついた。 「おう、軽い軽い。前はな、お前と同じくらいの背嚢(はいのう)背負って何十キロも走ったりしたものさ。雨降ってたときもあった。それに比べりゃ屁でもねぇや」  それは凄いねと相槌を打ちながら、首元の毛並みに指を埋める。思い返せば毛並みに触れることはあっても、その下の地肌に触れるのは初めてだった。
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