16.凋落ゆえ鬱屈

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16.凋落ゆえ鬱屈

 ほんの1ヶ月ほど前までは閑古鳥が鳴いていたのが嘘のように、逆泉商店街には人が訪れるようになった。  けれども、通りを横切る人々は皆、猩々軒のボロい店構えには見向きもせずに通り過ぎてゆく。  汚れて曇った窓越しに見える光景から、園山弘(そのやま・ひろし)は目を背けた。 「くそっ」  10月も終わり間近。夕方5時半近くである。  しつこく鳴いていたセミや秋の虫も、今や姿を消している。朝夕はすっかり冷え込むようになり、日の入りも早くなりつつあった。  晩秋。一年のうちで憂鬱になりがちな、けれども河都市に住む者ならば少なからず心浮き立つ時期でもある。  数日後に控えたハロウィン。来月半ばには七五三――盛大に祝うのが獣人の習わしだ。それが過ぎれば、再来月にはクリスマスと正月の準備。  イベントで目白押しだが、いずれも園山と彼の店には縁の無い事柄だったし、それはこの商店街も同じだった――少なくとも去年までは。  深いため息とともに焼酎の瓶を手元に引き寄せ、中身をコップに注ぐ。手が震えてカウンターに少しこぼれて、また園山は悪態をついた。  台拭きを取るのが億劫だった。自前の毛皮で拭き取ってから、それを口元に近付けてちゅうちゅう音を立てて吸う。  飲食店の店主としてはあるまじき行為だったが、広い店内には彼以外の誰もいない。気にする必要などなかった。  洗い方が不十分で汚れが残ったままのプラスチックのコップの中には氷が入っていたが、時間が経ってだいぶ溶けていた。そうやって出来た濃いめの水割りを一気に呷って、悪態をつく。 「どいつもこいつも、ばかにしやがって」  何をやっても裏目に出て報われることのない、失敗と後悔ばかりの人生。置かれた境遇を呪い、取り巻く不幸に悪罵を並べ立てる。  人生のうち長い間それを繰り返してきたけれど、とりわけここ1ヶ月あまり、周囲を取り囲むあらゆる物事を憎まずにはいられなかった。  道を挟んで向かいにある、そば処 くろ山の若造が他の連中をたき付け、よそ者――柴本とかいう便利屋――まで引き入れて、商店街の宣伝を始めたのが1ヶ月ちょっと前。  初めの頃こそ『タダで配る冊子作り』に夢中になる連中を笑って酒の肴にしていた。だが、次第に客足が増え、自主的に開催されるイベントは次第に規模を大きくしてゆくにつれ、園山は自分が除け者にされているのだと思わずにはいられなくなった。  彼らの活動は夕方のラジオ番組で取り上げられるようになり、数日前などは地元テレビ局のリポーターが、向かいのくろ山に訪れるまでになっていた。  地主である園山としては、まったく面白くない状況だ。だからといって、連中に頭を下げて仲間にしてくれと言う気は毛頭ない。プライドが許さなかった。
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