17.鬱屈のち暴発

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17.鬱屈のち暴発

 不意に、カウンターの隅、灰皿の脇に置きっ放しにしていた端末が震動した。  手に取って画面を点灯し、メールのアイコンをタップ。  差出人は歳の離れた弟で、5歳になる彼の息子――つまり園山の甥の七五三パーティーへの誘いだった。  だが、片手の指で数える程しか会っていない伯父など、来たところで嬉しくもないだろうと思ったし、ましてや出来の良い弟と家族の幸せそうな顔など、二度と拝みたくは無かった。    ディスプレイを消灯してカウンターに置いてから、ふと思い立ってもう一度手にとる。  先週くらいに作成したアカウント――俗に言う捨てアカを経由してSNSを見ると、自分が投稿した逆泉商店街や各店舗を中傷する投稿が大勢から支持されるのが見えた。  見ている間にも拡散され、お気に入り登録の件数も増えてゆくのを見て、園山はにんまりと笑みを深めた。   「おう。順調、順調」  とてもいい気分だった。もっと早くに、これを始めていればどんなに良かっただろう。  周囲の環境に不満を抱く者は大勢いる。そいつらに憂さ晴らしのネタを提供してやるのだ。  見ず知らずの誰かが自分の考えを支持し、何もせずとも思い通りに動いてくれる。それが堪らなく心地よかった。   「連中には感謝しねぇとな」  ちらりと窓の外に視線を投げる。風評被害とやらで店の売上と客足が少なくなったと、連中は言っていた。  中傷する書き込み自体はあった。けれどもそれは、この猩々軒だけで商店街の他の店ではないとすぐに分かった。    黒山たちは結託して、自分と猩々軒をこの商店街から追い出しに掛かっている。  風評被害などは単なる方便。それが、園山が出した結論だった。    もしかすると、誹謗中傷の書き込みをした連中も、金で黒山たちに依頼されたのかもしれない。園山は思った。  それが事実か否かを調べる術はない。けれどもそうに違いない。現に連中はおれを無視して動いているのだ。  そんなことを考えていると 「こんばんはー」  店のガラス扉がギィと(かし)ぐ音。続いて入ってきたのは柴本とかいう便利屋だった。 「あ、いたいた。園山さん、もうちょっと掃除とかちゃんとやった方がいいっすよ」  余計なことを抜かすチビでデブの犬狼族(いぬ)を追い払うべく、園山はカウンターの席からのっそり立ち上がった。 「それとその香水も、折角の料理を台無しにしちゃって勿体ないですよ」  視界がゆらゆらと揺れるのは、さっきまで呑んでいた酒だけが原因ではない。無遠慮に踏み込まれる怒りで、はらわたが煮え返りそうだ。 「今日はもう店じまいだ」 「えー、まだ6時にもなってないのに?」 「何の用だ?」  何が可笑(おか)しいのか、へらへらと笑い続ける赤茶の毛並みを見下ろし、睨む。ばかにしやがって。 「いや、メシ食うついでに営業活動に来まして」  ジャンパーのポケットから名刺を取り出した――! 「お店の掃除とか改修とか、お手伝いさせてください。お安くしておきま――」 「今すぐ! 出て行け! でなきゃ! ブチ殺してやる!」  しゃらくさい毛玉(いぬ)の口上を遮り、口から泡を飛ばして絶叫する。それとほぼ同時に、ごつごつした拳を力任せに振り下ろした。
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