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19.バカに付ける薬なし
すっかり日の暮れた総合病院の前で転がるようにタクシーを降りた。時間外出入り口へと駆け込む。
処置室では、顔や身体のあちこちに包帯を巻かれガーゼを当てられた柴本が、いつもの調子でへらへら笑って待っていた。
「いやー、悪ぃな。遠回りさせちまってよ。タクシー代出すから、幾らかかったか後で教えて――」
そういう問題じゃねぇよ! つい大声を出すわたしに
「どうか落ち着いてください。気持ちは非っ常によく分かりますが。コイツは付ける薬もないバカですので」
すぐ傍にいたスーツ姿の女性が、わたしと柴本の間に割って入る。人間種だ。歳は見た感じではわたしとだいたい同じくらいか。
ダークブラウンの髪を背中辺りまで伸ばし、後ろでひとつに纏めている。
オーバルの眼鏡の下から覗くぱっちりとした吊り目は、なんとなく猫を連想させた。
「小夜ちゃん、ひどいなぁ。おれのこと、そんな風に思ってたの?」
馴れ馴れしく呼ばわる柴本と、小夜ちゃんと呼ばれたスーツ姿の女性を交互に見ていると、女性の方が
「申し遅れました。わたし、東岸署刑事課の課長で柳小夜子と申します」
「あー、小夜ちゃんはねー、高校時代の――はい、すんません」
柳氏が振り向いて一睨みすると、よくわからないテンションで割って入ろうとした柴本は大人しくなった。
そうか。こうやって飼い慣らすのか。
「このバカの話は九割九分九厘ほど差し引いて聞かないと、神経すり減りますよ。
昔の――えっと――とも、だち?からのアドバイスです」
あ、なんか言い方に困って、目とか逸らしちゃってるの可愛い。そんなふうにわたしが思っていると、また柴本が
「な、可愛いだろ? 小夜ちゃんはおれの――」
「柴本、今は黙っていてくれないか?」
「はーい」
割れ鍋に綴じ蓋という言葉が思い浮かんで、胸の上らへんが何となくモヤモヤした気分になる。
焼け木杭には火が付き易いってやつじゃないの、これ。
そうしていると、柳がふたたび口を開き
「では、手短に説明しましょう。
2時間ほど前、逆泉商店街の猩々軒で、店主の園山弘から殴る蹴るの暴行を受けました。
それを近所の住民が気付いて警察に通報。今に至ります。
園山からは現在、わたしの部下たちが署で事情を聞いています。
脅迫状のこともありますし、今後は警察も注意して様子を見ます。
とにかく、今日のところは帰って休んでください」
「はーい」
再度、返事だけは良い子だけど行動が伴わない柴本をにらみ付けた。あ、舌打ちした。
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