20.臆病者たち

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20.臆病者たち

「うーん、やっぱり心得のない素人でも、にちょっかい出したのはダメだったなー」 「当たり前だ。安物とはいえ彼はを使っていたんだ。  あれは獣人の嗅覚や判断力を鈍らせる成分が入っていて、感覚が鋭いほど効果は増す。そういうものなんだ」  ――。  ついうっかり発してしまった言葉に、ふたつの目が一斉にこちらを向いた。もう遅い。 「なるほど。あなたは?」  柳刑事の言葉に小さく頷く。 「どゆこと?」  二度三度、わたしと柳の顔を交互に見ていた柴本だったが、やがて何か察したように押し黙った。 「その様子だと、何も聞いていないみたいだね」 「詮索する趣味はねぇよ。話してくれるなら聞く。でなきゃ聞かない。それだけだ」  これはわたしのせいだと確信する。全てではなくても、その何割かは。  もし最初の取材の後くらいに警告していれば、柴本はこんな目に遭わなかったかもしれない。  わたしの事情を何も聞かないでいてくれた、この男の優しさに甘え続けた結果が、今の有様だ。 「相変わらずだね。君のそういう所は」 「お、惚れ直しちゃった?」 「寝言は寝てから言いなよ」 「小夜ちゃんは本っ当に厳しいなー。でも、そういうところが――ん、どした? さては妬いちゃったり? んふふ」  柴本がわたしを見た。――今度こそ、言わなきゃ。  ごめんなさい! 声量をコントロール出来ず、つい大きな声が出てしまった。  過ぎたことはどうにもならないけれど、他に言葉が見つからなかった。 「どしたの急に? 顔上げてよ」  椅子から立ち上がって覗き込んでくる柴本の顔を、直視できない。手足がどうしようもなく震える。  ずっと言えなかった。言えば一体どんな目で見られるのか。  恐怖。軽蔑。憐憫。  そのどれもを想像するだけで嫌だと――と思った。    だけど、こんな事態になってしまったのならば、もう隠しているわけにはいかない。  河都の住人には馴染みのない、獣除けの香水を知っている理由――わたしの生い立ちを。  どうして河都(ここ)に移り住んで、獣人ばかりの地域でルームシェアなんか始めたのか。  打ち明けてしまおうかと何度も思った。けれども、それで関係が壊れてしまうのが怖くて仕方がなかった。  そう思えてしまうほど、今の暮らしは楽しくて。鮮やかで。 「表にタクシーを待たせている。ふたりとも、今日はもう帰るんだ。いいね?」  柳刑事に促されるまま、柴本と一緒に病院をあとにした。
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