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21.メッセージ
「飲み物はココアでいいか?」
うん、と頷く。けが人にやらせるのは気が引けたが、当人が大丈夫だと言って聞かないのでご厚意に甘えることにした。
あちこちに巻かれた包帯とガーゼさえなければ、いつもと何ら変わらない。
わたしはいつも、気分と状況で飲むものを変えている。
ちょっとリラックスしたいときには紅茶か中国茶。特にジャスミン茶が好きだ。
デスクワークほか作業の最中で、気を引き締めたいときには(生まれてこのかた美味しいと思ったことのない)ブラックコーヒー。
そして、だらけたい気分のときにはミルクと砂糖をたっぷり入れたココア。
言葉のないメッセージに涙が出そうになるのを、どうにか呼吸を整えて抑える。
「ほいよ」
ありがとう。
ほかほかと湯気を立てるマグカップを口に運ぶ。熱くて甘い。
口元と一緒に目元を拭う。長い一日を経て、ようやく家のリビングまで戻ってきた。
けれども、まだ今日を終えられない。
「大丈夫か?」
けが人が言うな。いつもなら軽口で返すけれど、今日はとてもそんな気分じゃない。
柴本がテーブルを挟んで左側に座る。手元にはコーラを注いだタンブラー。一口だけ飲んで置く。その音がやけに大きく感じた。何も言わない。
沈黙を重苦しいと感じたのは久しぶりだった。その重さに耐えかねて、わたしが口を開こうとしたとき
「言いたくねぇことなら、無理に言わなくっていいんだぜ」
柴本が先手を打って、更に続ける。
「ただ、一つだけ言っておくけどよ。あの場に居なかったお前が謝る理由なんか、何一つねぇよ。
おれが園山に要らんことをした。それだけだ」
でも、あの香水の正体を話しておくべきだった。そう言いかけたわたしに
「お前があれを作ったり、ましてや園山に売りつけたりした訳じゃねぇだろ。
仮にもし、あれを作ったり渡したりしたのがお前の家族の誰かだったとしてもだ。関係のねぇ話だ」
いよいよ返す言葉が思いつかずに押し黙っていると、真剣そうな顔を一転して破顔させ
「さっき、病院でな。小夜ちゃんが『ご家族の方がすぐにこちらに来る』って言ったんだ。
すっげぇ嬉しかった。お前がそんな風に答えてくれたんだって思ったらさ」
目の前で笑っている顔が、涙でかすんで見えなくなった。呼吸が乱れて、意味のある言葉が口から出てこない。
けれども柴本は、落ち着くまで待ってくれた。
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