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22.ゼノフィリア
「聞いてもいいか?」
普段よりずっと静かな声に頷いてから、順を追って話し始めた。
まず最初に、園山が付けていた獣除けの香水について。
あれを作ったのは河都では異種族恐怖症と呼ばれる精神疾患の患者――自分たちと同じ種族以外を恐れる人間たちだ。
獣人たちの鋭い感覚をマヒさせる成分が入っているだけでなく、わざと不快に感じる調合を施してある。
そうやって、匂いで本心を悟られるのを防ぐのだ。
園山がどうやって獣よけを手に入れたのかは知らないが、長年に亘って使っている理由はすぐに見当が付く。
感情を読まれるのが怖くて仕方がなかったのだろう。
虚勢を張らずには、商店街の主として振舞うことは出来なかったのだ。
それから、わたしがどうして、そんなことを知っているのか――生い立ちについて。
わたしは特別区、すなわち異種族恐怖症の人間が暮らす街で生まれ育った。
両親や他のきょうだい達は皆、特別区にふさわしい人間だったが、わたしだけはそうではなかった。
特別区に暮らす人々は、自分たちを人間の理想形とみなしている。そして、その基準から外れる者たちを治療すべき精神疾患の患者――異種族偏愛症と称しているのだ。
自分たちの子どものひとりがそうだと知った両親は、その子を何としても正しい道に戻さなければと躍起になった。
彼らの愛は紛れもなく本物で、彼らが信じる正しさから来たものだった。けれど、子どもにとっては、ただ苦痛でしかなかった。
親たちの愛情に耐えかねたその子は逃げ出し――正しくは脱走しては連れ戻されを繰り返した末に、河都に辿り着いた。
二度と故郷に戻りたくないと考えていた矢先、獣人が多数住む地区でシェアハウスの誘いがあった。
そこに、一も二もなく飛びついた。
物件の質から考えれば格安の家賃――それも家主との口約束で殆ど無料――に加えて、ボディガード付きの生活。
言うことなしだった。
誤算だったのは、そのボディガードと周囲の人々があんまりにも良いヤツばっかりで居心地が良くなり、気付けば離れたくないと思うようになってしまったこと。
そうやって今日まで、わたしは柴本と一緒に暮らし続けてきた。
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