66人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
25.襲撃、そして――
そんなことが起きていたとは知らず、わたしは勤め先からの帰り道の途中にあった。
近頃は残業はほとんどなく、ほぼ定時に帰れている。
逆泉商店街のフリーペーパー作りにわたしが一枚噛んでいることは、勤め先の人たちの知るところとなって久しい。
そのおかげか、最近は業務の負担がちょっとだけ減り、代わりに全然違う部署の広報担当の手伝いをすることになるなど、おかしなことが起こりつつある。
ちなみに、逆泉商店街については勤め先でも『店構えは汚く、量は多いだけが取り柄のまずい料理を出す中華屋』ばかりが有名で、他の店を知っている人がほとんどいない状態だった。
フリーペーパーを読んで他の店について知り、試しに行ってみたら気に入ったのでリピーターになったという声も耳にして、誇らしい気持ちになった。
最寄り駅に着き、改札で定期券をかざそうとしたところで、端末に数十件もの着信通知が入っていたことに気付いた。
そのほとんどが柴本からだった。
その中には通話着信だけじゃなくて、メッセージアプリで送られたものもあった。
《今どこにいる?》
《まだ勤め先か?》
《今いる場所から動くな》
そんなメッセージが通話着信のところどころに挟まるように入っている。
なんだこれ?
一体何のつもりなのかと、柴本に通話しようとしたところで
「キャーッ!」
後ろの方で悲鳴。続いて何かの怒鳴り声。何かがぶつかり合うような音。
振り返る。
いつもと変わらない風景。
駅のホームには家路に急ぐ人の群れ――いや、少しだけ違う。
誰かが倒れている。また悲鳴。
意味をなさない怒号。
男と目が合う。
一直線にこちらに向かってくる。
手にはギラリと濡れ光る刃物。
逃げなきゃ。ああ、でも間に合わない。
反射的に目をつぶる。そして衝撃が――いつまでたっても来ない。
おそるおそる目を開けると、そこには
「よう。おかえり」
突進してきた男を組み伏せ、足で踏みつける柴本がいた。
刃物――よく研がれた洋包丁は、床の上に転がっている。
最初のコメントを投稿しよう!