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他人から見れば恵まれた環境に生まれ育った男はしかし、その全てが重荷でもあった。
周囲の期待に応えることが出来ず、また出来の良い弟とも比べられる中、抱き続けてきた苦しみを誰にも理解して貰えなかった結果、彼はああなってしまったのだろう。
商店街で孤立してゆく園山に、柴本は手を差し伸べようとしたが、それは結果としてとどめを刺すことになってしまった。
それについて多少なりとも思うところがあったのかもしれない。
昨夜、寝床で『おれはどうすれば良かったんだろう』と小さくこぼしていたのを耳にした。
医者から酒を解禁されて、しこたま呑んだ後だった。
それで少しばかり心配になり、今朝、目が覚めたときに大丈夫かと聞いてみたのだが、本人は『そんなこと言ったっけ?』と覚えていない様子だった。
あれは寝言か、そうでなければ、わたしが寝ぼけて聞いた幻聴の類だったのかもしれない。
あたたかな日差しも建物の影に遮られてしまえば、晩秋の寒さを強く感じる。
乾いた風が通り過ぎて、堪らず上着の前を掻き合わせた。冷たくなって感覚の薄れた指先に息を吹きかけ、こすり合わせる。
寒さと暗さ。冬は、河都より遥か北にある特別区――故郷を思い出さずにはいられない。
あの寒い街の分厚い壁の中、両親は確かにわたしを愛してくれていた。わたしにとって、それは苦痛でしかなかっただけで。
もしかすると園山も、わたしと似たような境遇だったのかもしれない。
彼は、彼と一緒に衰えゆく商店街に、周囲から注がれた愛情の名残を見出していた。そんな気がした。
園山と会話らしい会話をしてこなかったことが、今更ながらに悔やまれてならない。
寒さに気をとられ、取り留めのない考えに囚われていたせいで、後ろから近づいてくる人物に気がつかなかった。
赤茶の毛並みに覆われた腕がにゅっと伸びてきて、脇腹あたりを掴まれたときには手遅れだった。
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