4.テキにカツ。されど敵は未だ見えず

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4.テキにカツ。されど敵は未だ見えず

「――っとまぁ、そんな調子でデケェこと言っちまったけどよぉ。イメージアップの案とか、なーんにも思いつかねぇ」  リビングのテーブルで昼間の出来事を語りながら、柴本は盛大なため息をついた。折角の豪華な晩飯が台無しだ。  験担ぎのつもりなのか、淡海牛(あわみぎゅう)の分厚いステーキの隣にはロースカツの乗ったカツカレーが大盛り。。  だが肝心の敵の姿が分からんでは話にならぬ。  あとはねぎと豆腐の味噌汁、それとヨーグルトのフルーツサラダ。組み合わせは考えずに好きなものだけ集めた感じだ。  見ているだけで胃もたれするようなメニューが、向かいの席では見る間にスルスルと胃の中に収まってゆく。そんなだから、柴本の体重は身長にしては多めの78キロ。骨も筋肉もしっかり詰まったプロレスラーあるいは柔道家のような体格だ。  口吻(マズル)が寸詰まりな童顔のせいで忘れそうになるが、そろそろ健康と食べるものに気をつけた方が良いお年頃である。 「っはー! ぐぉぇっぷ!」  発泡酒――彼の肝臓さんは今日も休日出勤――を呷り、勢い余って文字にしたくない感じのゲップ。行儀が悪いにも程がある。相手がわたしじゃなければブチ切れていた筈だ。 「ごめんて。あ、ステーキいらねぇなら貰っちまうよ?」  わたしの皿めがけてテーブル越しに手を伸ばす。しつけに厳しかったらしい親御さんが知ったら泣くだけでは済まないのは確実だ。  好きなものは最後まで取っておく主義なんだよ。  迫ってくる太短い指をぺちんと叩いて抗議すると 「太るぞ?」  あのさ、そういうことは鏡を見てから言いなよ。  一応言っておくが、わたしの身長は柴本より高いけれど、体重は彼よりずっと軽い。 「そうそう。さっきの話に戻るけどよ」  どのへん? 園山さんの香水と極上裏メニューとやらが気持ち悪い話とか? 「そうじゃなくてさー」  咳払いをし、すっと背筋を伸ばす。ルームシェアを始めて1年と数ヶ月あまり。わたしの前で居住まいを正すときには大概ロクでもない話だと本能レベルで覚えてしまった。  そのままぱちんと勢いよく手を合わせ、拝むような仕草をし 「頼む! なんかいいアイデアない?」  ああ、やっぱり。  大事に取っておいたステーキの切れ端にガーリックのソースを絡めて口に入れ、咀嚼する。大事にし過ぎて、すっかり冷めてしまったな。
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