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5.ブレインストーミングはケーキの後で
「そうだ、今日は良いモンがあったんだ!」
洗い物を終えた柴本は、何かを思い出したように冷蔵庫へと向かった。
洗い物は自分が使った食器は自分で洗うが、一緒に食事をした場合にはどちらかが交替で洗い物をすることになっている。
本当なら今日はわたしが当番なのだが、顔全体に気持ち悪い笑みを浮かべた柴本が代わってくれたというか、代わらされた。
向こう一週間は代わってくれるつもりらしいが、だからと言ってわたしに何をやれと?
柴本の目論見に思いを馳せていると、ボール紙で出来た白い箱を取り出し
「じゃーん! 牛島菓子舗の洋菓子いろいろ!
プリンとかケーキとか色々あるぜ。好きなの食えよ。
昔っからの本格的な作り方で、旨いんだ」
カスタードプリンにラズベリーを使ったショートケーキ。モンブランも美味しそうだし、わたしの好きなサバランもある。
あれ、牛島菓子舗って正月にお餅を注文したお店だったよね。のし餅と鏡餅。和菓子の店だって聞いていたけれど――
「最近、って言っても去年くらいなんだけど。
あそこの家に入ったお婿さん、洋菓子の修行をしていたこともあったらしいんだ。
で、最近は和菓子の隣でちょっとずつ洋菓子も置かせて貰うようになったんだってよ」
へぇ、そうなんだと相槌を打ちながらモンブランを一口。
ペーストされた栗の香ばしい香りが洋酒の複雑な芳香と一緒に、もったりとした生クリームに乗って口全体に広がってゆく。
ああ、幸せな味。
でも、なんか勿体ないなとわたしが言うと
「ん?」
柴本がこっちを向く。
だってさ、こんなに美味しいのに知られてないのは勿体ないじゃない? もっと情報発信しないと、良いモノも埋もれたままだよと言葉を続けると
「確かにそうだな。あそこの連中、広告とか苦手そうだからな。
とは言っても、SNSのアカウント作らせても使わなくなりそうだしよぉ。
それに、また炎上なんかされたら、元も子もねぇし」
それなら、フリーペーパーとかどうかな。
ネットを見ない人もいるだろうから、紙で手に取れるものを作って、駅や区役所に置かせてもらうのはどうだろう?
そのわたしの言葉に、柴本は三角耳をぴんと立て、ズボンの後ろから突き出ている巻き尾を千切れそうな勢いでぶんぶん振って
「いいじゃねぇか、それ! きっと皆喜ぶぜ!」
あ、ちょっと待った。
カメラマンとかライターとか、アテはあるのかとわたしが問うと
「写真ならおれが撮る。こう見えて結構上手いんだぜ」
胸を張る柴本。たしかに、器用で直感的な彼は、なかなか面白い写真を撮る。七五三などイベントで呼ばれて、カメラマンのようなことも何度か経験があるようだ。
それは良いとして、ライター、文章を書くのは――
おいちょっと待て。なんでこっちを見る?
「期待してるよ、編集長」
柴犬みたいな顔の悪魔が、満面に笑みを浮かべていた。
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