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9.お口直しは謀反の味
「なんとなく予想はしていたけど、大変だったね」
2件目のそば処 くろ山に入ったわたしたちは、困ったように笑う黒山氏に迎えられた。
彼もまた柴本と同じような柴犬系の顔立ちだ。全身を覆う被毛は黒茶。背丈は少しだけ高いが、輪郭は幾分ほっそりとして見える。
口吻はすっと高く伸びていて、彼ら犬狼族の基準で言えば、そこそこ整った面差しと言えるだろう。
「こうでなければ、園山さんも首を縦に振らなかったとは言え、ね」
言葉遣いこそ穏やかだが、声のトーンや目つきの所々に芸術家のようなある種の気難しさが見え隠れするようだった。
『商店街に敬意を払い、伝統を壊すことがないように』
それが、フリーペーパーの経費を商店街の自治会費から捻出するために、園山から提示された条件だった。
つまるところ『おれ達を敬え。新参者がデカい顔するのは許さない』ということである。
この商店街で取材したくないワースト1であるところの猩々軒を最初に取材する羽目になったのは、そんな事情があった。
おかげで腹十二分目。もう何も食べたくない。
むしろ最後まで残すより、嫌なものを最初に片付けたのは正解だった気がするが、正直なところ何とも言いがたい。
「うっぷ」
わたしの隣で柴本は目を白黒させている。さすがに食べ過ぎか。トイレはあっちだよ、と指で指し示していると
「大丈夫かい? そこの座敷が空いてるから、楽になるまで横になってなよ」
「うっす。すんません」
よたよたとした動きで靴を脱ぎ、座敷に上がった柴本は、促されるまま、ごろりと横になった。
そばつゆの深みある鰹出汁の香りも、今はただ苦痛でしかないのか鼻を押さえている。
すみません、折角なのに。取材のために準備してくださっていただろうにと謝るわたしに
「大丈夫、大丈夫。猩々軒さんの後なら、こんなことだろうとは思っていたし。
そうだ、甘いものは別腹って言うけど、ちょっとならいけそう?」
そう言われて、少しならと答える。ラーメンとチャーハンのギガ盛をやっつけるのに柴本が手伝ってくれたおかげで、まだ胃に多少の余裕があった。
「こんなものを用意してみたのだけれど」
そう言って黒山氏が出してくれたのは、薄茶色をしたプリンだった。可愛らしい陶器の器に盛られ、生クリームとアラザン、スペアミントとフルーツで飾られている。
「そば粉で作ったプリンなんだ。
お菓子屋の牛島くんにも協力を仰いで作ってみたんだけど」
わぁすごい、SNSに載せたら映えそうじゃないですか! つい興奮するわたしに、しかし黒山氏は困ったように首を横に振り
「実際やってみたんだ。お店のアカウント作ってさ。
でも、お気に入り登録も拡散も全然されなくて。フォロワーだって全然増えないし」
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