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 いつから自分は働いているのだろうか。物心ついた時にはすでに働いていた。 それからずっと同じ毎日の繰り返しだ。毎日同じ時間に家を出て、仕事をこなし、帰ってくる。  ただそれだけの毎日だ。何の変哲もない、面白味のかけらもない人生だと我ながら思う。 自分自身なぜこの生活を選び、今だに続けているのかも分からないのだ。  ただ毎日を惰性で過ごしてしまっている。分かってはいるのだが、どうしようもない。 そんな歯がゆさすら今となっては薄れてきてしまっている。  家では気ままな一人暮らしかというとそうでもない。我が家にはまるで女王のように振る舞う図体も態度もでかい女がいて、あれをしろ、これが欲しいと命令してくる。  つくづく付き合うのが嫌になることも多々あるが、どうにも自分には気の弱いところがあり、彼女には全く頭が上がらないのだ。  彼女には何とも言えない独特の凄味というか迫力のようなものがあり、命令されると私のような小心者はどうにも縮み上がってしまい、言われるがまま何でも言うことを聞いてしまう。    いつかこんな暮らし向きが変わるのかと夢想することもあるが、決してそんなことにはならない。どこまでいっても今のまま、変わることはないということを本能的に理解してしまっている。  自分一人で悶々としていると同僚に愚痴の一つも言いたくなる。そこで毎日顔を合わせている同僚の一人に話しかけた。 「なぁ、俺達っていったい何のために働いているんだろうな?」 「いったいどうした?急にそんなこと言い出すなんて」 同僚が驚いて聞き返してきた。 「いやだってさ、毎日毎日同じことを繰り返すばかりの人生だろう? 働きに出て、仕事を終えて帰ってきて、また働きに出て。そんなことを毎日繰り返してるだけじゃないか。こんなの実に退屈な人生だと思わないか?」 私がそう言うと、同僚は少し笑いながら 「なるほどな。でもそうは言っても君、それって別におかしい事でもないだろう。大人はみんな働くもんだ。毎日好き勝手遊んで暮らせるのは子供だけだよ」 「それはそうなんだけどな。でも、こう何の変わり映えもしない毎日が続くとさすがに退屈にもなるぜ。君はそう思うことはないのか?」 私がそう尋ねると、 「つまりもっと自分に適した別の仕事、ひいては別の人生もあったんじゃないか、ということかい?」 と同僚は答えた。 「そう、まさにそれさ。君は考えたことがあるか?もしこの仕事をしてなかったら自分はどういう人生を歩んでいたんだろうって」 さらにそう尋ねると、同僚は少し考えて口を開いた。 「たしかに理想的な暮らしとは呼べないかもな。毎日重労働だし、危険も多い。その割には良いものが必ずしも食えるってわけでもないし、仕事をちょっとでもさぼると、すぐにやかましい上司が飛んできてクビにされるしなぁ」 そこで同僚は大きく息をつくと 「それでも俺は今の仕事を辞めようとは思わないよ。たしかに俺一人の働き分なんて全体から比べたら微々たるものだろうさ。 それでも一日のノルマをきっちりと達成すると、なんというかこう、達成感みたいなものがあるんだ。 自分におめでとうと言ってやりたくなるんだよ。今日も俺はやってやったぞ、という感じにね。すると不思議なことに、よしそれじゃあ明日も頑張ろうじゃないか、という気になってくるんだよ」 同僚は続けて 「君は退屈な人生と言ったが、案外仕事に没頭してみるってのも悪くないのかもしれないぜ。 人生の良し悪しなんてゴールまでたどり着いた後、振り返ってみないと分からないもんさ。 いざ振り返ってみた時に、あの時もっと頑張っておけばよかった、なんて後悔することのないように、とりあえず今目の前にあるやるべきことに精一杯取り組んでみる。そしていざ人生を振り返る段階になった時に、自分におめでとうと言ってやれるかどうか、重要なのはそこさ。そんな人生だって良いんじゃないかな」  私は正直驚いた。この同僚が仕事に対してそこまでの気持ちを持っていたとは露とも知らなかった。    彼とは友人というほど親しいわけでない。 毎日顔を合わせる同僚で、会えば挨拶もするし、雑談をしたりもする。 しかしここまで彼の内面、人生への心構えといったものを聞いたのは初めてだった。 「そうだな・・・。人生を振り返った時に自分におめでとうと言えるか・・・か。 うん!それって素晴らしい考えだと思うよ。俺も頑張ってみる。ありがとよ」 と私は答え、同僚とはそこで別れてそれぞれの仕事場に向かった。  同僚とのこの短い会話で、自分の中でモヤモヤしていたものがスッと晴れた気がした。 誰しも希望通りの人生を送れるわけではない。それでも絶望してしまうには早すぎる。  人生のゴールはまだまだ先だ。 現状目の前にあるやるべき事、できる事を精一杯こなすことで開けてくる人生もあるのではないか。  同僚との会話の中で自分なりに人生のゴールについて気付くことができた気がした。  高望みしすぎても手は届かないかもしれないが、下ばかり見ていても前は見えない。 もう少しこの仕事を頑張ってみようと思えるようになった。  外を見ると今日は良い天気のようだ。仕事をするにはうってつけ、まさに仕事日和だ。 「さてと!今日もいっちょ頑張りますか」 私はそうつぶやくと、しっかりとした足取りで歩き出した。  外へ一歩踏み出すと地面に大きな影が出来ていた。 今日は良く晴れているのにおかしいなと思い、見上げてみると そこに見えたのは人間の足の裏だった。 その大きな足が今まさに自分の上に踏み下ろされようとしているところだった。 踏み潰される瞬間、とっさに私は思った。 「なんだ、働きアリの一生なんてやっぱりこんなもんか」
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