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一
春の陽気に気付けぬほどの焦りを内包し過ごす今日この頃、新たな日々に思い馳せる暇などなく過ごしています。この春、晴れて大学生になりました。人生で最も勉強をした時期を越え、ようやくの一人暮らしです。兄のいる私はややその子育てにも慣れた親の干渉もあまり受けず放任的な教育を受けてきたと思っています。しかし、人に迷惑はかけないことと人に謝らせるような人間にはなるなとの母の言いつけは今日まで可能な限りで努めてきました。といってもいずれも波風を立てぬよう譲歩,譲歩の毎日で意見を述べることのできるほど強固な意志も持ち合わせておらず自身の中に根付く日和見主義は相当なものであると気づかされます。しかし、それ故に言葉を選ぶという事には確固たる自信があります。人の逆鱗に触れることはそう多くないと自負しています。というのも人の不機嫌や怒り、その他負の感情の雰囲気は並の人ならある程度察することが出来る。その面において私は人一倍に敏感であると思われます。そのような傷つくという事を恐れる性質にもかかわらず良き友人に対してはその性質を忘れ、まるで自分の力が上であると勘違いしたかのような言動が出来てしまいます。恐ろしく思います。でも、そんな自分に酔ってもいます。思わぬところで孤独を感じる時があり、それが痛むと同時に孤独をありがたがるように神聖視する側面がある。
「ふー」
ひどく不愉快な夢を見ました。自分を前にその「自分」が私に語り掛ける形ではなく告白するような「自分」を見るような形でした。時刻は午前五時。いつもの起床時間です。
朝はまず顔を洗います。特に目を重点的に。というのもアレルギーを持ち、眼脂、つまり目やにが出るのです。その目を重点的に洗います。ややじゃじゃ馬気質のこの目も私は気に入っています。このきれいな二重には自信があります。その後朝食の時間です。トーストと珈琲が私の好みです。それ以外はソーセージ、ベーコン、卵料理等々を少々いただきます。その後髪型を整えます。まず髪を濡らし、タオルで入念に拭いた後ドライヤーで前髪を鏡に向かって右の七分に左手を上に押し上げるように添え、そこに熱風を当て形作っていきます。その後左右にその熱風を当て髪に空気を含ませ、その後少量のワックスを手に馴染ませ後頭部から髪を整え、手に残った少量のワックスはドライヤーによって持ち上がった前髪の根元に馴染ませ持ち上がった前髪の毛先は横に流すように整えます。そうして出来上がったこの髪型は高等学校時代から休日に特に予定のないのにも関わらず練習しておりました。その練習の甲斐もあり今では自然な仕上がりに出来るようになりました。その後、左右で度の違うコンタクトレンズを強い左目から装着し、肌荒れが見られるときはBBクリームを少々顔に馴染ませます。そして、最後に今日の服を決めます。服には朝のルーティンの中で最も注意を払う工程です。姿見の鏡の前で前日に考えた新しい組み合わせや、いつもの組み合わせ、今日はブラウンの革靴に黒の靴下、黒のストレートパンツに濃いブラウンのベルトでシャツはチェックで地の色はベージュのシャツで、そのチェックの目はやや大きめでその配色は赤や黄など色がとても気に入っています。そしてこれは唯一のこだわりでネクタイをつける。このネクタイには思い入れがあり実家の近所の古着屋で購入しました。ブルガリのネクタイで発色のいい赤に格調高い聖杯の様なデザインが斜めに並べられている。そのネクタイを丁寧に結び、コーデュロイのベストを着て後ろをややきつめに締め背中から腰までのラインをシャープに見せ、それを際立たせるために姿勢にも気を付けます。背筋を伸ばし、肩は強張らず努めてリラックスして、動作は一つ一つ大きくゆっくりと、と心がけています。そして最後にベストと同じコーデュロイのジャケットを羽織ります。最後にもう一度姿見を見てハンカチとティッシュを持ったかを確認します。以前観た映画に「ハンカチは必需品であり、貸すためにある。例えば女性が泣いてしまったときとかね。それを知らないのは罪だ。」と言っていた老紳士がいました。私は罪人にはなりたくないのでいつも心得ています。最後に「よし」これで今日の僕が出来上がりました。今日の「佐野 湊」が出来上がりました。
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