一筆啓上

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一筆啓上

 学校の帰り道。背後から気配を感じる。誰かが私の後をつけている。誕生日なのについていない。  睨みつけてやろうかと振り返る。  男だ。  上下黒い服で、フードを深く被っているから顔が良く見えない。 「やあ!」  突然、その男が目の前に立ちふさがった。 「一筆啓上……一筆啓上……」と、繰り返しぶつぶつ言っている。  なんなの、こいつ。  フードの中の顔は、まだ昼間だというのに真っ暗。なぜか、異様に大きな丸々とした鼻のパーツだけ確認することができた。 「け、警察を呼びますよ……」  と震える声で言い返すが、その男は「一筆啓上……一筆啓上……」と繰り返すだけ。    横を通り抜けようと、一歩前に出たときだった。  白い箱を突然その男から手渡されて、反射的に顔を背けながら両手で受け取ってしまった。  納得したのだろうか、男は一目散に行ってしまった。  その箱を開けてみると、カットされた苺のショートケーキが2個入っていた。  途中で捨てるわけにもいかず、どうしたらいいのか迷っていると、気がつけば自宅に着いてしまった。  この状況を助けてほしくて、お母さんを呼ぶが返事がない。  買い物に行っているのだろうか。  しばらく待っていたが、バイトに間に合わなくなるので、その箱を冷蔵庫にしまうと、着替えて外に出た。  バイトから帰ると、テーブルの上には、ショートケーキを食べ終わったあとの皿があった。 「お母さん! 冷蔵庫の中のケーキ食べたの!?」 「そうよ。いけなかった?」 「体調……大丈夫だった……? 腐ってなかった……?」 「ううん。ふつうにおいしかったわよ」  あの男は変な人だったけど、お母さんに何ともなさそうだから、ケーキは食べても平気なのかもしれない。  このショートケーキには、大きくて丸々とした苺が二つのっている。  毒が入っていたらと緊張する。  苺を一つ口に入れた。甘酸っぱくて普段の苺である。  次は、フォークでショートケーキの先端をすくった。味も普通だった。  なーんだ、と心配して損をした。  しかし三口目のフォークを刺したところ、白いクリームから真っ赤なクリームに変わった。  異様に生臭い。  ほじくると、ぽろっと白いフルーツのようなものが、音をたてながら皿の上で転がった。  なにこれ……。  顔を近づけた。  上が少し黒くなっていて、下には二本の角がある……。  あ、歯だ!! 「きゃ――ッ!」  わかった瞬間、恐怖で飛び上がった。  さらにほじくると、ちりちりの黒い毛も数本出てきた。  めまいがする。  まだ口にしていない苺があの男の鼻に見えてきて、急に胃のあたりが熱くなってきた。  吐きそう!  もう無理!  トイレに駆け込み、胃の中にあるものを出し続けた。  壁に寄りかかりながら、恐怖で涙をこぼしていた。  一筆啓上……一筆啓上……。  まさかと思った。  便器からあの男の声がする!  覗き込みたくない!  一筆啓上ッ……一筆啓上ッ……一筆啓上ッ……一筆啓上ッ……! 「お母さんッ! 助けてェ!」  無我夢中でトイレから出た。  お母さんがキョトンと廊下に立っている。 「ど、どうしたのよ?」 「お母さん、怖いッ!」  お母さんの胸に飛び込んだ。  ぎゅっと抱きしめてくれたおかげで、少しずつ少しずつ落ち着きを取り戻す。  一筆啓上……一筆啓上……。 「えっ…?」    見上げると、私のお母さんの顔は、鼻を除いて真っ黒になり、その鼻は大きくて丸々とした苺のようになった。  一筆啓上……一筆啓上……、お誕生日……おめでとう……。
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