二章

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 仁紀さんの予想通り、週明けすぐに山崎さんから『女の子が生まれました』とメールがあった。  実家の用事を手伝ってから仕事に戻ります、ご迷惑を掛けますが宜しくお願いします。と文面は至極真面目だけど、おそらく山崎さんの表情はメロメロになっている事間違いなしだ。  僕は午前中の仕事をこなすと、すっかり常連となった市役所近くの喫茶店へ行き、その事を店長に伝えた。 「そうなの。山崎さんのとこ、生まれたのね」  店長は戻って来たらいろいろ手伝ってあげなきゃねぇ、と嬉しそうだ。この街の優しさを実感する。  僕のところにも顧客以外から持ち込まれる相談が増えてきた。僕に出来る事はまだ少ないけど、少しでもお手伝いができればと思う。街の一住民として。  昼食を終えてデスクに戻ると、事務所の上司からメールが来ていた。  このエリアもだいぶ軌道に乗ってきたから、拠点になる事務所を開設したいとの事だった。僕が一人でこなしていた業務を、メンバーを増員して拡大していくのだ。ついては僕にこのエリアの専任になってほしいとメールの文面は締め括られていた。  今まで以上に身の引き締まる思いだ。そして今度こそ仁紀さんと一緒に、この街で生きていく。そんな決意と共に桜の季節を迎えた。   川沿いの桜が見事に咲き揃った。みんなで花見をしようという話が現実のものとなり、僭越ながら僕も参加させてもらう事になった。  仁紀さんの妹千尋さんは旦那さんになる人を連れて、仁紀さんのご両親と弁当を作って持って来てくれた。 「いつも兄がお世話になっています」 「こちらこそ、お兄さんにはお世話になっています」  千尋さんの人懐っこい笑顔は、確かに仁紀さんと似ていた。自分の早合点を思い出して心の中で苦笑する。  実家から戻って来た山崎さんの奥さんも、小さな赤ちゃんを抱っこして顔を出してくれた。暖かそうなウエアに包まれて赤ちゃんはすやすやと寝ていた。       それを見る山崎さんも幸せそうで、頬を緩ませている表情は、すっかり新米パパのそれだ。  家族や親戚、友達とこんな風に集まる経験のなかった僕には、とても新鮮で楽しい時間だ。  来月の結婚式を控えて、山崎さんの奥さんと千尋さんは女子トークに盛り上がっている。千尋さんの彼は、義理の親になる仁紀さんのご両親とどことなくぎこちなさそうに会話をしていて微笑ましい。仁紀さんと山崎さんは僕を間に挟んでボケとツッコミの応戦をしている。  美味しい弁当をつまみながら桜を眺めて、みんなで笑い合う。この時間が愛おしいと思った。  みんなをそれぞれの家へ送り届けたあと、仁紀さんと僕は再び、車で桜並木の場所へと戻ってきた。 「二人で花見デート、だな」  不意打ちに、耳元でそんなキザな台詞を囁くのはやめてほしい。赤い顔で睨んだところで、仁紀さんには効いてやしないけど。  僕はこれからもこうやって仁紀さんに恋をしていくのだろう。形は変わっていくとしても。  昔を思い出しながら川沿いを二人でゆっくり歩く。 「あの時は電車で行ったんだっけ」  仁紀さんも同じ事を考えていたようだ。 「帰りは結構寒かったんだよね」 「こっちは結構あったかいだろ?」 「うん。太平洋側っての、その通りだった」 「ハハッ、あの時は実家のこと思い出したくなかったんだよなぁ」 「またどこか二人で行きたいな」 「そうだな」  ふわりと、川風が吹いた。 「ハル、お土産ついてんぞ」 ──ほら、髪の毛。  仁紀さんの優しい指が、桜の花びらを僕の手のひらに乗せた。それは風に舞って川面を流れる花筏の一部となり、ゆっくりと流れていった。  僕たちは暫くの間、それを眺め続けていた。
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