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5 フォークがケーキに愛の告白
「で、お前は俺を食いに来たのか?」
コンビニから少し先の繁華街の路地裏、俺はぐぐっと右手に握り拳を作り、こめかみに青筋を浮かせてニコリと笑った。
返答次第ではヤられる前にヤる。
墨染は慌てて手を振った。
「ち、違うよ!
…まあそりゃ?ちょっとくらい味見したい欲が?勝っちゃう事もあるけど?
本気で歯を立ててる訳じゃないもん。」
「もん、じゃねえんだよテメェ。人間は噛まれりゃ歯型も傷も残るし血も出んだよ。クソが。
あ?テメェも噛んでやろうか?ああ?」
俺墨染の襟首を掴んで引き寄せて、下から睨め上げると 墨染の顔が かかかぁ~っと真っ赤になった。
「や、や、か、かわいぃぃ…いいにおいぃ…」
そう言いながら両手で自分の顔を覆い出したので、俺は何とも言えない気持ちになって手を離した。
普通、出る?今の状況で、その言葉。
強者過ぎない?コイツ。
ゲホッと咳込んだ墨染は、それが落ち着いてから、溜息を吐きつつ言った。
「俺だって…多分、フォークになった他の連中だって、なりたくてこんな風になったんじゃないんだ。
病気になっただけならまだ良かったのに、まさかこんな鬼畜な人外になっちゃうなんてさ。
望んでなる訳ないからね?こんな厄介なもの。」
それを聞いて、俺は何となく同情の気持ちが湧かないでもなかった。
そうだよな。
好きでなる訳ないよな。 人を食べたくなるなんて、そんなもの。
俺が望んでケーキに生まれたんじゃないように、コイツだって望んでフォークになった訳がなかった。
それに、他のフォーク達と違って、墨染は意思の疎通が出来る。
人を食べた事が無いと言うから、その辺が関わっているのかも知れん。
それか、捕食対象の俺を前にして飢餓感の抑制が出来てるから、よっぽど忍耐強いのか。
俺は聞いた。
「…じゃあ、お前は何しに俺ん所に来るの?」
墨染はそれを聞いて、少し照れたように、
「あの…俺、あのコンビニで働く君を見てる内に、その…好きに、なっちゃって…。」
「うん、まあ、それは知ってる。」
「知ってたの?!」
そりゃお前、毎回あんだけ好きです好きです言われてりゃな。
墨染は気を取り直すように呼吸を整えて、
「日比谷 直人くん!
俺とっ、恋人として付き合って下さい!!」
と…言った。
………は?
「お断りします。」
「えっ、どうして?」
素で驚いている墨染に俺が驚きを隠せない。本気?
「だってお前。
捕食者と被食者が付き合うとか、その告白を俺が受け入れるのって自殺行為じゃん。」
冷えた声でそう言うと、墨染はしょんぼりと座り込み、俺を上目遣いに見て
「…俺はなおくんを食べたりなんかしないもん。」
と言う。
イケメンの上目遣いの破壊力に流石の俺もたじろぐ。
なんだよ。捨てられた子犬を発動してくんじゃねえ。卑怯だぞ。
俺には幼い頃から捨て犬や捨て猫を連れ帰ってしまうという習性がある。
「…じゃあ、食わないなら何するってんだよ。」
そう聞くと、
「そりゃ、恋人なんだから…アレしたり、コレしたり?あんなコトやこんなコトしたり…?ふふっ」
「……。」
俺は何を聞いてしまっているんだ。
恋人のやる事なんて決まってるのに。
そして今、自分がコイツにアレコレされているのを想像してしまって、顔に熱が集まってしまったのは不可抗力だ。
「悪いが俺にはカノジョがいる。」
多分。
最近音沙汰無いけど、別れてないからまだ付き合っている筈だ。
そう考えていたら、視界の端に 腕を組んでイチャイチャしながら歩いてくるカップルがINしてきた。
俺の友人Aと、俺のカノジョの筈のミナだった。
2人は目で追う俺に気づかないまま、数件先のホテルに消えていった…。
「…なおくん?」
急に静かになった俺に、墨染が首を傾げて俺の視線の先を見るが、勿論そこにはもう2人の姿は無く、他の通行人がウロウロ行き交っているだけだった。
「…たった今フリーになったから、付き合ってやるよ。」
「ほんと?!やったあ!!」
歓喜する墨染の横、俺はスマホのミナの連絡先をタップして削除した。
俺は俺を好きな奴が好きなのだ。
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