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1. 兄の帰郷
「光輝が帰ってくるって!」
パートから帰ってきた母が、嬉しそうに報告する。どうやら仕事中にメッセージが来ていたらしい。
兄の光輝は両親自慢の息子だ。
子供の頃から頭脳明晰で眉目秀麗、博識多才、蓋世の材、知勇兼備、出一頭地……そんな兄は俺にとっても誇れる存在である。兄に勝てるとは思わない、でもせめて追いつきたいと思うがなかなか難しい。兄の後を追いたいと東京の大学進学を目指したが──いや、兄、すごすぎ──俺は一流とは言えない私立大が限界だった。末弟の晴樹にしても勝っているのは身長くらいだ。
近所の小さな塾に俺ら三人兄弟は通っていた。もちろん兄は群を抜いて成績がよく、東京の大学の医学部に一発合格したのは確実に兄の実力であると家族は思っているが、塾の経営者は鼻高々で兄のことを触れまわっているらしい。兄が帰ってきたら遊びに来るよう言ってね、などと会う度にいわれるが、兄は1年生の秋に上京してから一度も戻ってきていない。
金がない、といっていた。まあ今時はビデオ通話もあり元気な様子はわかるが、さすがに俺も兄に逢いたいと思っていた。
その兄が帰ってくる、3年余りぶりに逢えるんだ。
「友達を連れて来るそうよ。まったく正月に誘うなんて、お友達は大丈夫なのかしらねえ」
学校が冬期休暇に入ったら帰ってくるという。ぶつぶつ言いながらも父にメッセージを送信していた、その友達に観光案内をするので車を貸せといっているらしい。東京から来るなら、名古屋あたりを巡るのだろう。
「お正月ならおせちも用意しないとね、関東の人だとこっちのおせちはちょっと違うのかしら。どうせなら地域色があるものがいいわねえ。クリスマスのパーティーしたら喜ぶかしら、ケーキくらいは用意したらいいのかな」
「どうせ男だろ、クリパなんて喜ばねえんじゃね?」
「俺、フラワーベルのケーキ、食べたい!」
晴樹がいう、誕生日ケーキをいつも注文している近所のケーキ屋だった。確かに俺らが子供の頃はそこのクリスマスケーキを買ってたな。
「そうねえ、たまには奮発しましょうか」
ここ数年は母が働くスーパーのケーキだった、当然値段が倍くらい違う……久々に食べられるとなると嬉しくなってしまう。やはり値段の差はあるものだ。
兄と新年を祝うのは、ずいぶん久々だ。初詣とか行けるかな、兄は友達の接待で忙しいだろうか。
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