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幸い、隼斗研究所の先生には会わずに無事ケーキは持って帰ってきた。
夜にクリスマスパーティーらしく、買ってきたフライドチキンやシャンパンなどを食べたが、切り分けたケーキすら、玲さんはほんの少し食べただけだった。
「ごめんなさい、だいぶつわりも落ち着いたんですけど」
母はああ、と頷いた。
「妊娠中は味覚も変わるわよね。んもう、光輝がちゃんと事情を説明してから連れてきてくれれば、考えておけたのに」
そうだ、俺もすっかり男連れで帰ってくるものだとばかり思っていた。
「事情は話しただろ。ケーキは晴樹、食べるか?」
兄は甘いものは苦手だ、妻の残したものを食べたいとは思えないらしく、一番大食漢の末弟に声をかける。晴樹はうんと元気に返事をしたが、
「俺もちょうだい」
玲さんの皿を、俺の前に引き寄せた。
「ごめんね、ありがとう」
「ううん、いいよ。ここのケーキおいしいでしょ」
「うん、すごくおいしかった。本当はもっと食べたい」
えへへ、と微笑む顔が、本当に幼い子供のようだ。
「赤ちゃん生まれたらまたおいでよ、必ず買っておくから。ここのケーキ高いから、俺たちもなかなか食べられないんだ」
「誕生日には買ってるじゃない」
母は頬を膨らませる、それでも俺と晴樹の分だけだ、年に2回しか食べられないんだぞ!
引き寄せた玲さんのケーキを半分にする、もっとも中心を通った扇形にではない。
上から見れば頂点が崩れた三角形だ、その頂点と底辺を結ぶ線の中ほどで切り分ける、もちろん大きくなった外側を晴樹にやった。
「サンキュー!」
面積も体積もクリームの量も多いその場所に晴樹は喜ぶ。
「どういたしまして」
俺は玲さんが食べかけたほうをもらう、そこには玲さんが使ったフォークも残っている──そっとそれに持ち換えた、誰にも気づかれていない。
冷たいはずのフォークが温かく感じられた、それでケーキをそっと崩す、玲さんが食べたところだけを集めるように。
それをフォークに乗せて口に運んだ、玲さんを見る、兄と笑顔で話をしているその口元を見つめた。
気が付いて、俺、今、あなたと間接キスをしてるんですよ、わかる? あなたは俺と間接キスをしているんです。
すんげードキドキしてます。
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