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5 二代めアーミテイジの誕生
自信はあった。アーミテイジにいつもうるさくつきまとってたから、科学を学ぶうえでの素養は身についてるつもりだった。
甘かった。まるでチンプンカンプンなんだ。ボルシチ機械はドクターの緻密な計算と設計があって初めて、小数点以下の精度で稼働してたんだ。いまでも信じらんないんだけど、あのじいさんは途方もなく頭がよかったんだ。
俺はぶっ壊されたアーミテイジの小屋を少しずつ自力で直しながら、べつの売電業社へ死の灰を売りつつ、夜は月明かりで研究した。親父の本棚には発電に関する膨大な文献が残されてて、俺はそいつをくる日もくる日も読み漁った。
〈入門書〉は全然入門書なんかじゃなく、〈概論〉は外国語みたいで、俺はほんとに何度も投げ出したくなった。読み書きはそこらへんの浮浪児に比べればできるほうだったけど、学校は8歳で脱獄したし、自称「計算は得意だぜ」程度の知能でどうにかなる話じゃなかった。
でもこれは俺が決めたことだ。ドクター・アーミテイジの後を継ぎ、電力をいき渡らせる。それが俺の生きる目的になったんだ。
* * *
分水嶺は3年後に訪れた。
相変わらずの研究三昧のおり、まったく唐突に理解が土下座して俺の軍門に下った。いままでコツコツと、まるで死の灰が降り積もるように蓄積してきた断片的な知識がひとりでに、鮮やかに統合されたんだ。
俺は震える手で〈原子力発電概論〉を読み返してみた。わかるんだ、あれやこれやのミミズが這いずった数式の意味が、化学式の意味が、素粒子の理路整然としたファミリーが。
俺は全財産をはたいて少しずつ、破損したリアクターのリペアパーツを買い集めた。修理はお手のものだった。なんであれ武器以外の新品が手に入るのがまれな昨今、モノを長くもたせるのは必修科目なのだから。
ドクターが惨たらしい死を遂げてから5年後、俺は〈アーミテイジ・ジュニア電源開発信用通貨会社〉を立ち上げた。
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