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1 降りしきる死の灰
聞いてるやつを不安のドン底へ叩き落とすサイレンが、街のすみずみにまで響き渡った。不協和音をわざと組み込んだほんとに不愉快な音色だ。
「警戒アラート、警戒アラート。中国大陸のゴビ砂漠にて、水爆実験が実施されたと通告がありました。住民は近隣のシェルターへ避難するか、対放射線マスクを装着してください」
たいていこの手のアラートは遅すぎる。中央政府が崩壊した昨今、地方政府のなかで選挙をちゃんとやって編成されたシロモノは皆無だ。政府のほとんどが勝手に支配者を名乗った僭主なんだから。そんな連中にまともな行政運営を期待するほうがどうかしてる。
空を見上げると、薄汚い鉛色の雲が渦巻いてる。いまにも邪悪な怪物が降臨しそうなあんばいだ。それはすぐに降ってきた。なにかがひらひらと空から際限なく舞い降りてくる。雪じゃなかった。放射性降下物だ。
危なっかしく道路側へ傾斜したビルが立ち並ぶ都市の廃墟から、蜘蛛の子を散らすように人びとの姿がかき消えた。どいつもタコ頭を雑嚢から取り出して、密閉できてないままかぶり、誰の住居でもおかまいなしに駆け込んでる。
俺たち〈落穂拾い〉はといえば、いまが稼ぎどき。雪のように舞い落ちてくる死の灰をかき集め、バックパックへ足で限界まで圧縮しながら一心不乱に詰め込んでく。
俺はコスト節約のために対放射線スーツなんか買ったためしがないし、視程確保を考慮してタコ頭すらかぶらない。回収作業のたびに500mSvくらいは浴びてるんだろうが、〈灰かぶり世界〉に住んでる人間は多少の差はあっても、遅かれ早かれ放射線障害でくたばる運命にある。それならなんで防護なんかする必要がある?
灰まみれになって作業に没頭してると、1トンくらいはありそうなカッパに身を包んだ男どもが釘バッドを担いで走り寄ってきた。連中が身にまとっているカッパには、でかでかと天秤のダサいエンブレムが貼りつけてある。民間裁判所だ。
「おい兄ちゃん、誰の許可を得て落穂拾いやってんだ?」リーダー格の筋肉ダルマはサボテンを苛立たしげにもてあそんでる。「言っとくがここらへんは〈ニコニコ裁判所〉の実効支配エリアだぜ。ちゃんとうちから域内限定法律買ってんだろうな」
「〈ニコニコ裁判所〉の裁定なんか、買うやついんのかよ」俺は顔も上げずに言い捨てた。「おまえんとこの法律、評判悪いよ。判事も飲んだくればっかでロクなのいないしな」
サボテン野郎の眉間にしわが寄った。「口がすぎるぜ兄ちゃん。法廷侮辱罪でしょっぴかれたいのかよ?」
「あんたんとこのどこに侮辱できる立派な法廷があるんだよ」サボテンくんの顔はいまや、憤怒の形相だ。「まさか肥え溜めみたいな例の建物が法廷のつもりなのかい」
「チビ助、選ばせてやる。①俺たちと契約する、②俺たちに殺される。どっちだ?」
俺と廷吏はしばし、放射性降下物の乱れ舞うなかで対峙した。リーダー格がサボテンを振り上げたのと、俺がバックパックの緊急噴射スイッチを押したのがほぼ同時だった。
バックパックに取りつけたお手製のノズルから死の灰がスプレー状にまき散らされ、廷吏たちは放射能の霧に包まれた。連中は毒づきながら、光速の60パーセントですっ飛んでった。おまけに最高にイカした捨て台詞を残してったんだ、聞いてやってくれ。
「チビ助、次会ったときがてめえの命日だ、覚えとけ!」
俺はひとしきり爆笑すると、死の灰をせっせと詰め直す回収作業に戻った。
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