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カン、カン、カン
音はまだ続いている。
作業場の中心、ちょうど塀から投げ込まれたUK-1がよく溜まる場所からその音は鳴っていた。
万が一を考えて身構える。
カン、カン、ガシャ、ン
「え?」
そこにあったのは、いや、居たのは、僕らがいつも廃棄している女性型のUK-1だった。立っている姿を見るのは久しぶりだったから最初は上手く認識できなかったけど、改めて見るとよく出来ている。こんなに人間そっくりなAIを毎日廃棄しているのか、と自分が少し怖くなった。立ったことで異様な程の存在感を放つUK-1は、こちらへ一歩ずつ近づいてくる。マズイ。逃げないと──
「晴、ビス、ケット」
その一言で僕は動けなくなった。
ビスケット、彼女は確かにそう言った。
「お前、なんなんだ。どうして動いてる?」
言葉が通じるか分からない相手に語りかける。
「ビス、ケット……アゲル……ビス、ケット」
だんだんと語尾にかけて人間らしい声になっていくAI。待って、そんな訳があるものか。そんな。
「お母さん……?」
恐る恐る母親を呼ぶ。ビスケットをくれたあの優しい声とAIロボットの声が重なった。そうだ、この音も母親が料理をしている時の音にどこか似ているんだ。カン、カン、とキッチンから鳴るこの音が僕は大好きだった。
「お母さん!!」
AIロボットに向かって走り出す僕を何かの強い力が引き止めた。
「馬鹿野郎!稼働してるブツに出くわしたらすぐにシャットダウンだって一番最初に教えただろうが!」
いつも僕を馬鹿にしてくる作業員たちが数名様子を見に来ていたみたいだった。襟元を引っ張られあと数センチの所で連れ戻された僕は身を捩って暴れた。
「違うんだ、お母さんかもしれない。僕の大好きな母親かもしれないんだ!」
「違う!よく見ろ、アレはお前が今日廃棄するただの雪だ!」
「嫌だ、信じないよ。信じない!信じるもんか!だってさっき僕の名前を呼んだんだ!!!料理の音だって……」
「話を聞け!」
一喝され怯んだ僕の肩を作業員は強く掴んだ。そして視線を合わせゆっくりと話しだす。
「俺らが廃棄しているUK-1はその量のせいで電源を落とされるだけでここに運ばれてくる。通信も切られずただ電源が落ちているだけなんだ。だからまだ生体との同期通信が繋がってるってことはお前の母ちゃんはどこかに必ずいる。生きてどこかでお前を迎えに行くタイミングを伺ってるかもしれないし、そんなことはないクソ親かもしれない。どっちにしろ今はアイツを廃棄することが優先だ、分かったな?」
いつもは馬鹿にしてくる作業員の目が真面目に僕を見つめているのを感じて、僕は黙って頷いた。
「ビス……ケット」
「ごめん、お母さん」
そう呟いて、僕はお母さんを雪にした。
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