プロローグ

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プロローグ

 私があの子を初めて見たのは、小学校の頃。三十分しかない休憩時間の中、必死にサッカーボールを追いかけ、グランドを駆け回っていた時だった。もう誰が蹴ったかなんて憶えちゃいないけど、彼が蹴ったボールが遊具のほうへ転がった。  私がボールを追いかける。遊具から近い位置に私が立っていたというのもあるが、当時から、こういう時は運動が苦手な私が取りに行く暗黙というか、人はそれを気遣いなんていうけれど、そんな決まりごとがあったから半分無意識に足が動いていたのだ。  ボールが遊具を通り過ぎ、ころころとその速度を緩め、体育倉庫のモルタルの壁に打つかった。しゃがんでボールを持つ。そして立ち上がった際、私はふと、倉庫とフェンスの間に小路のような隙間を発見した。子供一人通れる狭い道の先は空き地だろうか、開けた場所へと広がっているらしかった。私は好奇心からサッカーボールを入り口の前に置いてフェンスとモルタルの壁に手をつきながら進んで行く。  出口に近づくにつれ、獣のヘッヘッヘと無邪気な息づきに、カチ……カチ……と静かに石を打ち付けたような硬質な音が聞こえてきた。私は足音をなるべく立てないよう慎重に砂利の上を歩き、思わず息も潜めてしまう。  出口に顔を出せば、足袋小路となった畳六畳も満たない狭い空き地が現れた。四隅に雑草が繁茂している。私は秘密基地を発見した興奮で目を見張り、中に入ろうと一歩踏み出そうとしたその時、また、カチ……と硬質な音がして思わず後退して音がするほうへとモルタルの壁から顔を覗かせた。 「……まいったわ。あなた、つよいのね」  そこに彼女がいた。  囲碁だろうか、白黒の丸石が乗った盤を挟んだ先には犬がいた。雑種だろうか、無垢そうに舌をだしながらヘッヘッヘと息づきしている。えらく尻尾を振っていた。  彼女はいたって真剣だった。 「さあ、もういっせんやりましょ。つぎは負けないわ」  犬相手に負けを認め、真剣に勝負を挑んでいる。  それが彼女との初めての出会いだった。そして、最初で最後の恋だと思った。    
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