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【王女様登場】①
カッセル守備隊のアリスがバロンギア帝国皇帝旗に追い詰められた、その時、
「お待ちなさい」
透き通る珠のような声が響き渡った。
「お、お嬢様!」
守備隊の人の輪が解けマリアお嬢様がしずしずと現れた。しかも、城砦を出る際に着ていた純白のドレス姿である。その出で立ちは荒涼とした戦場には似つかわしくない、まさにお嬢様そのものである。お付きのアンナが先導し、ドレスの裾持ち役を務めているのはロッティーである。
「そなた、ここを何処だと思っているのですか」
マリアお嬢様がビビアン・ローラに向かって言った。言葉遣いも態度も堂々としていて、どことなく威厳すら感じさせる。
「ここは我がルーラント公国の領土内ですぞ。断りもなく他国の旗を、それも、皇帝旗を掲げることなど、この私が許しません」
突如、現れたお嬢様は皇帝旗を降ろすように言った。
ここはルーラント公国の領内だ。国境を越えて攻め入ったのはローズ騎士団である。騎士団の旗ならばともかく、バロンギア帝国皇帝旗を立てたとなると皇帝自身が越境したとも受け取れる。
だが・・・アリスは不安である。所詮、お嬢様では心もとない。相手は皇帝旗だ、誰の目にも権威の差は歴然としている。これが王様か女王様ならまだしも、貴族のお嬢様対皇帝では、どう逆立ちしても勝てそうにはない。
案の定、ローラは少しも動じない様子だ。
「誰だよ、お前は。偉そうな口を聞くんじゃない。それに、戦場でそんなヒラヒラしたドレスなんか着て、バカじゃないの。怪我をしないうちに引っ込みなさい」
ローラは手を振って追い払おうとした。しかし、お嬢様は負けずに言い返す。
「バカとは何事ですか」
今までだったら、ヒェーとか言って引き下がるところだが、今日のお嬢様は一歩も譲らない。
いったいこの強気はどうしたことか。
「大丈夫かな、ついに頭がおかしくなった」
「お嬢様がおかしいのは、ずっと前からだけどね」
月光軍団のマギーとパテリアが囁き合った。
「皇帝の権威が分からないから、バカだって言ってんの。このガキ、真っ先に首を刎ねてやろうか」
ローラがマリアお嬢様を恫喝した。皇帝旗まで持ち出してきたからには、たとえ誰が相手でも騎士団としてはおいそれとは引き下がれない。
「ガキはさっさと消え失せろ。目障りなんだよ、だいたいお前は何者なのさ」
ついにローラは右手を剣の柄に添えた。
それでもお嬢様はまったく臆する素振りも見せず、悠然としてお付きのアンナを振り返った。
「目障りとまで言われては黙っていられません。アンナ、ここですよ」
「かしこまりました」
お嬢様の脇からアンナが前に進み出て恭しく一礼した。
「こちらは、このお方は・・・」
マリアお嬢様を仰ぎ見た。
一斉に視線がお嬢様に注がれる。
「こちらのお方こそ、ルーラント公国、第七王女様であらせられます。これからは、マリア・ミトラス王女様とお呼びください」
全員に衝撃が走った。
マリアお嬢様は、実はルーラント公国の王女様だったのだ!!!
「「「おうじょさまあああ」」」
トリルとマギー、パテリアにレモン、それにマーゴットとクーラたちが見事にハモった。
「王女様でしたか」
アリスはその場に跪いて臣下の礼をとった。
これは一大事だ。王女、即ち、それは王室の一員なのである。平民である自分たちには、畏れ多くて直に言葉を発するなど許されないくらい上の、そのまた遥か上の上の存在だ。その王女が辺境の軍隊に見習い隊員として所属していた。しかも、自分の部下として。これが一大事でなくて何であろうか。
事態が呑み込めたとみえたのか、守備隊のスターチとリーナは膝を付いた。ベルネも慌てて地面に頭を擦り付けて平伏した。
一番驚いたのはロッティーだ。リュメックたちを救出しようと、マリアお嬢様の乗った馬車に錠前の鍵を取りに行った。抵抗されたら殺してでも鍵を奪い取ろうという覚悟だった。それが、幌を捲って現れたのは王女様だったのである。もし、襲いかかっていたら反逆者になるところだった。
一躍、王女様の側近になったのだ。これで勝ち組になれる。前の隊長を助けることなどすっかり忘れた。
月光軍団のフィデス、ナンリ、州都のスミレとミユウも片膝を付き臣下の礼を表した。ローズ騎士団のローラとマイヤールは事の成り行きに唖然として突っ立ったままだ。
マリアお嬢様、今や、ルーラント公国第七王女様、マリア・ミトラスは、背筋をピンと伸ばし凛として話し出した。
「そなたを我がルーラント公国への侵略者と見做す。今すぐ、その旗を降ろしなさい」
皇帝旗を降ろせと言われたが騎士団のローラは、
「笑っちゃうわ」
と、相手にしない。
「潔く旗を降ろしなさい、さすれば助けて進ぜよう」
あくまでも威厳たっぷりに諭す王女様である。
「助けるとは聞いて呆れる。あんた、王女だって言うなら証拠を見せなさい」
「はあ・・・」
これにはマリア王女様は返答に窮した。王女様だという身分証明書などあるはずがない。一番弱いところをつかれてしまい、先ほどまでの余裕と威厳はたちまち消え失せた。
「証拠といっても・・・」
「ほらね、証拠なんてないじゃない。コイツは王女を騙る偽物だわ。ニセ王女に決まってる」
ローラが攻勢を強めるのでメイドのレモンが王女様に声援を送った。
「王女様、ガンバレー」
「ハーイ、レモン」
王女様とレモンはハイタッチで励まし合う。気を良くした王女様はすっかり軽いノリに戻った。
「そうだった。カッセルで女王様ゲームをやって私が勝ったことがあったでしょう。王女様だから勝ったのよ。いずれは女王様になるんだから」
王女様は得意顔だ。
ところが、カッセルに捕虜になっていた月光軍団のパテリアは、
「いえ・・・あれは、その、みんなでこっそり、わざとお嬢様に勝たせようとしたんですよ」
と、秘密を暴露してしまった。
「えっ、本当なのアンナ」
「すみませんでした。負けたら王女様が泣くだろうと思って、私が皆さんに頼みました」
「やっぱり、そうだったのか」
「こりゃあ、ダメだ」
今度は落ち込むレモンと王女様であった。
貴族の娘だと聞かされていたのが、実はルーラント公国の王女であったとは。ミユウも驚きを隠せない。
真贋を問われているこの場を如何したものか。ローズ騎士団を追い返すことができるのなら、敵国の王女でも何でも構わない。ニセ王女と疑われているのであれば、適当にそれらしい証拠を持ち出してみよう・・・
ミユウが進み出た。
「ルーラント公国第七王女様には、このような荒涼とした戦場にお出ましいただき、誠に畏れ多いことでございます」
「メイドのミユウちゃんだったわね。私が王女と知って、さっそく召使いに志願しようというのですか、いい心がけですこと」
ミユウがズッコケる。
「私はシュロスへ来る前、諸国を放浪しておりました。ルーラント公国にも潜入して、いえ、貴国に立ち寄ったついでにカッセルの酒場で踊っていたこともありました」
ミユウが王女様のドレスに施された刺繍を示した。王女様の着ているドレスにはきれいな白い百合の花が刺繡されている。
「白い百合の花の刺繡、それこそ、ルーラント王室の文様ではありませんか。間違いありません、本物の王女様でございますね」
そう言われて王女様がドレスの文様を自慢げに見せた。
「よく知ってたわね。ほら、これで王女だって分ったでしょう」
ミユウはしめたと思ったのだが、
「黙れ、メイドの分際でこんなヤツの肩を持つな」
またしてもローラに退けられた。
メイドの証言、それも、味方のはずのメイドによって敵国の王女だと決めつけられローラは頭に血が上ってきた。
「王女が軍隊に入って、こんな辺境に来るなんてあり得ないわ」
「これからは王家の一員といえども、お城に引きこもってばかりではなく、人々の生活や世間の有り様を見なくてはいけません。そのためにわざわざ辺境に来たのです。これも王女の務めです」
「王女様、エラーイ」
メイドのレモンが拍手したのでローラに睨みつけられた。
「ふふん、それほどまでに言うのなら」
騎士団のローラが剣を抜いた。
「世間を見せてあげよう。この世は力がすべて、剣に貫かれて死ぬがいい」
「やれるものなら斬ってみなさい。そんな邪剣に、この私が斬れるものですか」
王女様は微動だにせず、却ってローラを挑発した。ローラはカッカときて剣を持つ手がワナワナと震えた。
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