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【ギロチン好きの王女様】②
ローズ騎士団の副団長ローラをはじめ騎士団の身柄は州都に送られ、軍事法廷で裁かれることになった。だが、それは表向きのことで、月光軍団の手によって制裁を加えるのである。
しかし、気が収まらないのは守備隊だ。アリスはベルネたちにローラを痛め付けろと命じた。処刑を止めたフィデスもこれは認めざるを得なかった。
「ローラ、あんたはフィデスさんに命を助けてもらったんだ、よーく礼を言うのよ」
「ううう・・・」
「罪をでっち上げて投獄したんでしょ、そのことを謝りなさいよ」
「く、悔しい」
なかなか謝罪しないので、アリスはローラの頭を踏み付けた。
「謝れっ」
「すみませんでした・・・」
ついに騎士団のローラが謝罪した。
「州都に身柄を預けるのは、ボコボコにしてからでも遅くない。みんな、好きなようにやりなさい」
ローラに対する報復が始まった。
ベギッ
守備隊のスターチのパンチがローラの顔面をヒットした。ローラは捩じれるように倒れ込み、メイドのレモンの足元に転がった。。
「助けてください」
ビビアン・ローラは恥も外聞も捨て、人間椅子にしたレモンにまで助けを求めるのだった。
カッセル守備隊のアリスはロッティーに命じてリュメックたちを馬車から引きずり出し王女様の前に跪かせた。
「お前たちに言って聞かせる。こちらは、恐れ多くも、ルーラント公国のマリア・ミトラス王女様なのです」
「ええっ」
リュメック・フロイジアは王女様と知って震え上がり這いつくばって土下座した。
「そうとは知らず、申し訳ございませんでした」
「この者たちはシュロスへ差し出すこととします」
隊長のアリスが王女様に進言した。
エルダはフィデスを救い出すために、前隊長たちを交渉の道具にしてもよいと考えていたのだった。せめて、その意志を実現してやりたい。元々は戦略を誤り、捕虜になっていたはずの者たちなのである。
「この三人は王女様を馬車から突き落とすという大罪を犯しました。本来ならば処刑されるところ、捕虜になるのでしたら、かえって感謝することでしょう。王女様はカッセルの城砦でも、また、宮殿にお帰りになっても、慈悲深い王女様と呼ばれることでしょう」
「宮殿に帰れるって、いつの事になるやら」
お付きのアンナが大きなため息をついた。
どうやら、マリア王女様はいろいろと「ワケアリ王女様」のようである。
シュロス月光軍団にとって、これは思ってもみなかった戦果となった。前回の出陣ではあえなく敗退を余儀なくされ、この戦いでも特に成果は上げられずに撤退するところだった。それが、カッセル守備隊の前隊長を捕らえたのだから大勝利にも等しい。
守備隊のベルネはマリア王女様の前に土下座して手を付いた。
「王女様と知らぬこととはいえ、数々のご無礼、申し訳ありませんでした」
「ベルネさん、あなたは戦場で何度も私を守ってくれました。盾になって敵の弓矢を防いでくれました。その恩は決して忘れてません」
「では、これまでのご無礼をお許しいただけるのですね」
「許してあげるから、今後は私の身辺警護をしなさい」
「はい、命を懸けて王女様をお守りいたします」
「王女様にはベルネさんのような、命も惜しまず身辺警護をしてくれる強い騎士が必要なのです」
お付きのアンナが言い添える。
「それならお任せください。この身を投げうってでもお助けいたします」
「よろしい・・・あと、暗殺も」
王女様が不穏なことを口走った。
*****
それから、カッセル守備隊司令官エルダを見送る儀式をおこなった。守備隊と月光軍団が揃って手を合わせエルダの冥福を祈った。
いまや、全員で帰るという夢は断たれてしまった。ローズ騎士団を追い返し国境線は死守したというのに、カッセル守備隊には徒労感だけが残る結果となった。
エルダの足首の一部分、「蓋」が付いた部分は白い布で丁寧に包まれ、守備隊の馬車に積み込まれた。また、手首も遺体から取り外されて、こちらは月光軍団のフィデス・ステンマルクに渡された。
フィデスはエルダの指を握りしめた。
戦場で初めて会ったこと、宙吊り地獄で失神したエルダ、荒ぶるエルダ。そして、カッセルで激しく抱擁したこと。キスしたこと・・・
爆弾から救ってくれて、ついに帰らぬ人となってしまった。
さまざまなことが思い出されて涙が頬を伝った。
シュロス月光軍団が撤収作業を開始した。
数台の馬車に分乗し夜を徹してシュロスへ駆けていくのである。撤収は部隊長のナンリと州都のミユウに任された。守備隊の前隊長など三人を捕虜として連れて帰るのである。今回は敗戦ではなく凱旋になった。堂々と胸を張ってシュロスの城砦に戻ることができるのだ。伝令役には月光軍団のトリルが任じられた。一足先に戦果を伝えるため、そして、シュロスを奪還するための重要な役目である。州都のミユウは慣れた手つきで報告書を書き上げるとトリルに持たせた。
「ナンリさん、ミユウは私の部下なのですよ」
スミレがミユウの正体を明かした。
「そうか、ただのメイドではないと思っていたよ」
州都のスミレは騎士団のローラ、参謀のマイヤールたち幹部数人を馬車に乗せた。守備隊に痛めつけられたローラは傷痕も生々しくグッタリしている。スミレはローラを馬車の荷台の木枠に縛り付けた。これでは王宮の親衛隊には見えない、どう見ても囚人の護送だった。スミレには州都まで護送するつもりなどはないのである。
「王女様、お元気で」
月光軍団の隊員はルーラント公国第七王女様に別れの挨拶をした。
「そうだ、お土産にレモンを貰っていくわ」
「メイドのレモンちゃんですか」
「そうよ、私の召使いにするのです」
王女様はすでに自分の召使いになると決めているかのようだ。
「よろしいでしょう、マリア・ミトラス王女様、どうぞレモンをお持ち帰りになってください」
州都のスミレ・アルタクインは騎士団のメイドのレモンを差し出すことを認めた。レモンは騎士団の食事の中に毒草を入れることも承知していたし、このままシュロスへ戻ると、問い詰められて、うっかり本当のことを喋ってしまうかもしれない。むしろカッセルに置いておいた方が安全だと思った。
「王女様、奴隷とか召使いはいけません。城砦のメイドとして雇ってあげてください。レモンは働き者ですから、きっとお役に立つでしょう」
「カッセルに行くのはいいけど、給料は出してくれるんでしょうね」
レモンがちゃっかりお願いした。
「王女様には、さらに素晴らしいプレゼントをご用意しております」
スミレが新しい提案を持ち出した。
「よいでしょう、聞かせてください」
「ロムスタン城砦は貴国の防衛にとって重要な要衝だと思われます。ここを他国が占領してしまうと、ルーラント公国の守りが破綻するのではないかと懸念しております」
「それは我が国の一大事だわ」
「そこで、提案なのですが、カッセル守備隊がロムスタン城砦に進駐したとしても、当方は、即ち、バロンギア帝国東部州都といたしましては、それを黙認するということで、いかがでしょうか」
「なるほど・・・ルーラント公国がロムスタンを占拠してもよいということなのですね」
「そう受け取っていただいて結構です」
「これで我がルーラント公国は安泰です」
マリア・ミトラス王女様はこの申し出に大満足であった。
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