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【エルダの死】②
「どうした、司令官、もう観念したか」
「うう、う、あ・・・」
エルダが苦しい息で顔を上げた。ハアハアと荒い息を吐く。
「フィデスさんの・・・ことは」
最後の力を振り絞り身体を起こす。どうにか四つん這いになったが、下を向くと口から血が垂れた。
「ゴホッ・・・助けて、く・・・ださい。私は、私、この・・・世の、ゲエッ」
エルダは自ら吐いた血だまりに突っ伏した。
ローズ騎士団のビビアン・ローラは剣を抜きエルダに突き付けた。
「正義の剣で成敗してくれる」
剣が振り下ろされた。
「うぎゃっ」
エルダの太ももに剣が突き刺さった。ローラはわざと急所を外したのだ。
「うずっ、うううっ、ぐひひひい」
「せいぜい苦しむことね」
ローラはコーリアスを呼び寄せた。月光軍団のコーリアスたちにも一太刀浴びせてやることにした。
「お前たちの番だ」
言われてコーリアスが前に出る。ついに恨みを晴らす時がきた。エルダに降伏させられた復讐だ。月光軍団の参謀コーリアスは剣を抜いて斬りかかった。続けとばかりに副隊長のミレイが槍を振りかぶった。
月光軍団が復讐を果たしたのだった。
カッセル守備隊のエルダは全身を朱に染め、血だらけで横たわっている。
「あうっ・・・ぐっ・・・」
もはや、うめき声を漏らすだけになった。
エルダの最期の時が迫っていた。
「あの世へ行きなさい・・・」
ローラは剣を持ち替えるとエルダの胸にズブリと突き刺した。
エルダは何度もブルブルと痙攣した。そして、最後にひときわ激しく引きつり、ついに動かなくなった。
カッセル守備隊司令官エルダが死んだ。
「勝ったわ。ローズ騎士団はカッセル守備隊に勝った」
参謀のマイヤールがバロンギア帝国皇帝旗をこれ見よがしに振り回した。
勝負は決した。ローズ騎士団がカッセル守備隊に勝利したのである。
スミレはフィデスの肩を支えエルダの側へ連れて行こうとした。だが、フィデスは身体を強張らせ動こうとしない。動けないのだ。
「ううっ・・・うう、あはあ、あはあ・・・あああ」
フィデスが身体を震わせ泣き出した。
スミレがフィデスの手を取り、冷たいエルダの手に重ねた。
ああ、いやあああああ、ひっ、ひいいっ」
フィデスがエルダの身体の上に崩れ落ちた。
「エルダさんが死んだ・・・殺された」
後方に待機していたカッセル守備隊隊長のアリスは、エルダが殺されるのを黙って見ていることしかできなかった。止めに入ることもローラに抵抗することも何一つ出来なかった。
ところが・・・ローズ騎士団のビビアン・ローラが立ち去ろうとした時だった。
エルダの足が目に入った。
「何だ、これは?」
訝しく思うのも無理はない。エルダの膝下の部分は「蓋」が開き、金属の紐や歯車が飛び出していたのだ。
「歯車? 何でこんなものが」
ローラは剣の先で「蓋」の中の歯車を突き刺した。
その瞬間、
ビギッ
「うぐわっ、ぎひっ」
剣の先がピカリと光った。エルダの足から稲妻が発射されたのだ。
「ああう、うっ」
激痛が走った。
ローラがむやみやたらに剣を振り回したので稲妻が四方へ飛び、その一つが月光軍団のコーリアスの胸に当たった。
「うわあっ」
コーリアスは稲妻に吹き飛ばされ爆弾で出来た地割れに転落していった。
「オウッ、うう」
ローラは全身が痺れて膝から崩れ落ちた。
これこそエルダの執念の一撃だった。
エルダの足から発射された稲妻でローズ騎士団のローラが撃たれた。ローラは地面に蹲っている。不思議なことに、すぐ側にいたフィデスやスミレは稲妻に弾かれることはなかった。
フィデスは思わずエルダの手を取った。カッセルを発つとき怪我をしたのを治してくれたエルダの指だ。その手を握っていると爆風で受けた痛みが薄れてくるのだった。
これでナンリを助けられるかもしれない。フィデスはエルダの手を持ち上げてナンリやベルネの頭上へ向けた。
そこで奇跡が起こった。
エルダの手を向けられた守備隊のベルネとスターチ、月光軍団のナンリたちが意識を取り戻したのだ。
エルダの魔法だ。
カッセルにいた時、エルダの指先で包丁で切った傷がすぐに治ったように・・・
「何が・・・いったい」
起き上がったベルネは周囲を見回した。地面には爆風によるとみられる地割れが広がっている。その向こうにはエルダが倒れていた。
「ああ・・・」
エルダは血だらけで横たわっていた。
死んだのだ。
州都のスミレや月光軍団のフィデスの姿が見えた。ローズ騎士団のローラもいた。いずれが敵か味方か。
そこへ月光軍団のナンリが這ってきた。
「敵はローズ騎士団」
ナンリが言うとベルネも頷いた。
後方に待機していたカッセル守備隊のロッティーはあまりの衝撃に立ち尽くしていた。
ローズ騎士団の爆弾攻撃により守備隊はなぎ倒されてしまった。爆風でロッティーがいる場所も激しく揺れるほどだった。
そして、司令官のエルダが死んだ。
エルダはローズ騎士団に刺し殺された。気の毒ではあるが、戦場で命を落としたのは致し方ないことだ。エルダの死によってカッセル守備隊の敗北は決定的となった。ここまで敵が攻めてくるかもしれない。ロッティーはベルネやアリスたちを見捨てて逃げることにした。どうせ逃げるなら、前隊長のリュメックたちを救出しようと思った。
リュメックたちが押し込められている馬車の幌を捲った。
「ロッティー、何があったの」
「ローズ騎士団の攻撃で守備隊は・・・全滅しました。爆弾でやられたんです。司令官は」
「司令官がどうした」
「エルダさんは・・・いえ、エルダは死にました」
「やった。ざまあみろだわ、エルダのヤツ」
リュメックがエルダの死を喜んだ。ロッティーも気分がいい。
「ここから出して自由にしてよ」
「はい」
ロッティーは迷うことなく引き受けた。
「錠前の鍵を持ってきなさい」
「はい。リュメック様」
リュメックたちは鎖で縛られ頑丈な錠前が取り付けられている。鍵はお嬢様の乗っている馬車にあったはずだ。ロッティーは錠前の鍵を取りに行った。
アリスたちを見捨ててカッセルの城砦へ帰る。今回はリュメックの側に味方した方が得策だ。考えてみれば、これで振り出しに戻っただけのことではないか。生き残っているのはマリアお嬢様とアンナだけ、この二人を襲って錠前の鍵を奪い取るのは容易いことだ。リュメックを自由の身にして、その代わりにお嬢様を置き去りにする。いや、お嬢様だろうと何だろうと殺してしまえばいい。
ロッティーはお嬢様の乗った馬車に近づいたが、幌に手を掛けたところで迷いが出た。
リュメックたちを助けるか、それとも、お嬢様と逃げた方がいいのか。
勝ち組になりたい・・・勝ち組に・・・マリアお嬢様を殺害して鍵を奪うと決めた。
これでいいんだ。
そう決心した時、馬車の幌が内側から巻き上げられた。
「ロッティー、出迎えご苦労」
「ははーっ」
*****
その頃、稲妻に弾かれて地割れの中へと落下した月光軍団のコーリアスは、黒い怪物に喉元を噛み付かれていた。
「グフフフ」
コーリアスの血を吸い尽くした怪物がむっくりと起き上がった。
*****
エルダを殺害された無念を晴らしたいアリスたちだったが、バロンギア帝国皇帝旗によって行く手を阻まれていた。
「これを見なさい」
副団長の危機と見るや、参謀のマイヤールが皇帝旗を持って駆け付けたのだ。
「バロンギア帝国皇帝の旗よ」
風にたなびく皇帝旗を見てカッセル守備隊のアリスはたじたじとなった。
「よくお聞き。恐れ多くもローズ騎士団の名誉団長は皇女様なのです。私たちに逆らうということは、皇女様に、そして、偉大なるバロンギア帝国皇帝陛下に弓を引くのと同じことだわ」
アリスの鼻先を皇帝旗が掠めた。
「神聖な皇帝旗、この旗に私たちの血が付くようなことがあったら、どうなるか分かっているわよね」
これではアリスたちは手が出せない。
「お前たちのような下賤な奴らとはわけが違うの」
皇帝旗のおかげでローラが生気を取り戻した。
「まずはお前たちを血祭りにあげる。次はカッセルの城砦だ。たかが辺境の城砦、そんなものはバロンギア帝国の軍勢で跡形もなく破壊してみせよう。住民を一人残らず惨殺し、その死体を踏み付けて一挙に王宮へ進撃する」
バロンギア帝国とルーラント公国では戦力の差は歴然としている。全面衝突になればどう見てもルーラント公国に勝ち目はない。
「お前たちの浅はかな行為で、ルーラント公国はこの世界から消えてなくなるのだ」
バロンギア帝国皇帝旗に威圧されたカッセル守備隊はなすすべもなかった。
「皇帝旗の前に跪きなさい。順番に処刑してやろう。首を刎ねようか、それとも、爆弾で吹き飛そうか。どちらでもいいから、好きな方法を選ぶことね」
「首を刎ねるのも爆弾も、どちらも性に合わないというか・・・」
「性に合わせろ」
ローラはアリスを怒鳴りつけ皇帝旗を地面に立てた。
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