第一章 庭先のイヌ

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第一章 庭先のイヌ

1-1  市村穂波(いちむらほなみ)は、雀の声で目を覚ました。現在15歳の彼女は、今年の4月に高校へ入学したばかりだ。  スマホのアラームが鳴り響く前に起床した。穂波は薄がけ布団を蹴り飛ばし、寝起きとは思えない素早さで扇風機のスイッチを切った。乾燥で少し喉が痛い。  7月初め、季節は未だ梅雨を引きずっている。朝は気温が下がることを意識して、ちゃんと扇風機のタイマーをセットしておくべきだった。 「ふぁあ」  誰にも見られていないのを良いことに、大口を開けて欠伸する。  和室の隅の姿見(すがたみ)に目をやれば、何とも冴えない自分が映っていた。  毛先の跳ねた黒髪、トロリと眠そうな奥二重。パジャマ代わりのTシャツから、少し日焼けした細い腕が伸びている。 (今日は……まだ水曜日か。学校のある日は何でこんなに憂鬱なの)  洗面所で顔を洗って櫛を入れる。  長い髪を1つにまとめれば、美少女という枠にはハマらなくとも、肌艶の良い健康的な女の子に仕上がった。 「穂波ちゃん、もう起きてる?」 「あ、おはよう! おばあちゃん」  この日本家屋の本来の家主(あるじ)、穂波の祖母、千代(ちよ)の声が聞こえる。  穂波は祖母の寝室近くまで寄って、襖越しに話しかけた。 「おばあちゃんは、寝ててもいいよ! まだ5時半だし。あたしは今のうちに、ランマルの散歩に行って来るね」 「いつもありがとうね、気を付けて行っておいで」 「はーい、行ってきまぁす」  ジーパンと白のロングTシャツに着替える。  今、学校の制服を身につけても汗だくになるだけだからだ。  いちいち玄関まで行くのが面倒で、縁側から庭へ飛び降りる。横着できるよう、庭先にはサンダルを常備していた。 「ランマル、おはよう。ちょっとこのあたりを一周しよっか」  ランマルというのは千代の家で飼っているホワイトテリアだった。仔犬の時にここへ来て、もう10年になる。人間の年齢に換算すれば、初老といったところだろうか。ふわふわの白い毛並みが特徴的で、穏やかな性格をしている。 「よしよーし、今リードつけるからね」  尻尾を振って飛び付かんばかりのランマルをなだめつつ、首輪をかけようとした時ーー。  穂波は何かに気付いた。 「誰か、いる…?」  みかんの木の裏、ちょうど死角となる位置で、何かが動いている。  硬い葉の擦れあう音がする。  穂波はランマルと共に、息を殺してじっとその方向を睨んだ。  ややあって、ランマルが低く唸る。  警戒……、いや、これは恐怖心。  ランマルが怯えている。  穂波は腰を落としたまま、ランマルを背に庇った。
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