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1-2
みかんの木の裏から姿を現したのは、茶と黒の毛並みの動物だった。
「え、わんこがもう1匹……?」
いつの間にこの庭に忍び込んだのか。
中型程度の大きさの“イヌ”。
引き締まった筋肉質な体付き、鋭く上がった目、細い耳が特徴的だった。
(うーんと……犬、だよね?)
犬の種類には詳しくないが、あえて例えるなら土佐犬に似ている。しかし、尻尾は巻き上がっておらず、物々しい雰囲気をたたえている。
どうにも犬の風格ではない。
(まさか……オオカミ? いやいやいや、野生のオオカミはもう、日本にはいないはず)
確か、日本オオカミは遠い昔に絶滅したと聞いた。だからこの子はきっと、どこかの飼い犬。
飼い犬だと思ったのは、野良犬にしては毛並みが良かったからだ。
「ええと……キミも一緒に散歩する?」
どこの馬の骨とも知れない。
狂犬病の心配や、保健所に連絡を……と考えるのが普通かもしれない。
が、そういったことを気にしないのが穂波の軽率なところだった。
茶黒のイヌが「ウォン」と短く鳴く。
「キミ、かっこいい子だね。隅にいないで、こっちにおいで」
穂波が立ち上がって近寄ろうとした。
その一瞬、
「うわっ」
イヌはするりと彼女の脇を駆け抜けた。
そして生垣を軽々と飛び越え、まさに風の速さで逃げてしまった。
「行っちゃった……どこのわんこだったんだろ」
穂波はイヌが消え去った方角を見つめる。
遠くの茶畑の葉が揺れていた。
この日を境に、不思議な“イヌ”はたびたび波穂の前に姿を現すようになった。
ほぼ毎日のように様子を伺いにやって来るくせに、顔を出しては消える。撫でようとすれば身をかわす。ランマルと同じドッグフードは気に食わない。
いったいどうすれば仲良くなれるのか。
まるで猫のようにつれない“イヌ”に、穂波は名前を付けた。
吉郎という名前をーー。
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