115人が本棚に入れています
本棚に追加
1-5
結局、3限目の体育の授業は、担当教師に忘れ物を申告し、見学することになった。
体育館の隅で、他の生徒がバレーボールをするのをただ眺めているだけ。
何も面白くない。
(まあ、バレーなんて苦手だしちょうどいいけど)
ふと横を見ると、同じように制服姿で見学している男子生徒がいる。
見上げるほどの高身長、襟足からサイドにかけて刈り上げた短髪。
天ヶ瀬鉄。
どこぞの寺のひとり息子らしいが、ほんわかしたお坊さんのイメージを見事にぶち壊してくれる強面だ。
その容貌からか、あんまり他の生徒とつるんでいるところを見たことがない。
「あの、ね。天ヶ瀬くん……だったっけ。あなたも体操服忘れたの?」
穂波は横歩きでそろっと近付く。
それを無遠慮に思ったのか、彼に横目で睨まれた。
「お前と一緒にすんな」
「そっか! じゃあ、体調不良とか?」
あの冷たい返答の後で、よく続けて話しかけられるものだ。我ながら感心してしまう。
しかし、それだけ退屈していたのだった。
「違ぇよ。体操服やぶれた」
「はぁ?」
「だから、着替えようとしたら、体操服がビリっていったんだよ。前々から小さくなってたなぁとは思ってたけど」
「ぶ……っ」
吹き出してしまった。
声をあげて盛大に笑う。
「吹くな、笑うな。声デケェよ」
「でもおっかしいもん。体操服やぶけたなんて」
心なしか視線が痛い。
「天ヶ瀬くんて、お寺の息子なんだよね?やっぱり仏教系の大学とか目指すの?」
「んで知ってンだよ」
「噂で聞いたから」
「…….どーせ、ロクな噂でじゃねぇだろ」
声がワントーン低くなる。
「あー…と。そうだね……」
確かにロクな噂ではなかった。顔が怖いとか、喧嘩っ早いとか、中学時代に何度も停学をくらったとか。
嘘か本当かわからない……おそらく多分に侮蔑を含んだ風評を小耳に挟んだのだ。
漂う空気がしらっとしている。
「ごめん、嫌だったよね。人づてに自分の噂話なんか聞くの……」
またやってしまった、と思う。
中学の時もそうだった。
他人の領域に土足で踏み入り、あとで後悔するのだ。
『穂波、アンタみたいなの、KYっていうの』
苦い記憶が蘇る。
『何でもかんでも、思ったこと言い過ぎや』
ーーそないにしとると、友達失くすよ?
かつてのクラスメイトに言われた言葉が今も突き刺さる。
心臓のあたりがヒリヒリする……。
自己嫌悪が頭をもたげて、どうしようもなくここから逃げてしまいたくなった。
最初のコメントを投稿しよう!