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 結局、3限目の体育の授業は、担当教師に忘れ物を申告し、見学することになった。  体育館の隅で、他の生徒がバレーボールをするのをただ眺めているだけ。  何も面白くない。 (まあ、バレーなんて苦手だしちょうどいいけど)  ふと横を見ると、同じように制服姿で見学している男子生徒がいる。  見上げるほどの高身長、襟足からサイドにかけて刈り上げた短髪。  天ヶ瀬鉄(あまがせてつ)。  どこぞの寺のひとり息子らしいが、ほんわかしたお坊さんのイメージを見事にぶち壊してくれる強面(こわもて)だ。  その容貌からか、あんまり他の生徒とつるんでいるところを見たことがない。 「あの、ね。天ヶ瀬くん……だったっけ。あなたも体操服忘れたの?」  穂波は横歩きでそろっと近付く。  それを無遠慮(ぶえんりょ)に思ったのか、彼に横目で睨まれた。 「お前と一緒にすんな」 「そっか! じゃあ、体調不良とか?」  あの冷たい返答の後で、よく続けて話しかけられるものだ。我ながら感心してしまう。  しかし、それだけ退屈していたのだった。 「違ぇよ。体操服やぶれた」 「はぁ?」 「だから、着替えようとしたら、体操服がビリっていったんだよ。前々から小さくなってたなぁとは思ってたけど」 「ぶ……っ」  吹き出してしまった。  声をあげて盛大に笑う。 「吹くな、笑うな。声デケェよ」 「でもおっかしいもん。体操服やぶけたなんて」  心なしか視線が痛い。 「天ヶ瀬くんて、お寺の息子なんだよね?やっぱり仏教系の大学とか目指すの?」 「んで知ってンだよ」 「噂で聞いたから」 「…….どーせ、ロクな噂でじゃねぇだろ」  声がワントーン低くなる。 「あー…と。そうだね……」  確かにロクな噂ではなかった。顔が怖いとか、喧嘩っ早いとか、中学時代に何度も停学をくらったとか。  嘘か本当かわからない……おそらく多分に侮蔑を含んだ風評を小耳に挟んだのだ。  漂う空気がしらっとしている。 「ごめん、嫌だったよね。人づてに自分の噂話なんか聞くの……」  またやってしまった、と思う。  中学の時もそうだった。  他人の領域に土足で踏み入り、あとで後悔するのだ。 『穂波、アンタみたいなの、KYっていうの』  苦い記憶が蘇る。 『何でもかんでも、思ったこと言い過ぎや』 ーーそないにしとると、友達失くすよ?  かつてのクラスメイトに言われた言葉が今も突き刺さる。 心臓のあたりがヒリヒリする……。  自己嫌悪が頭をもたげて、どうしようもなくここから逃げてしまいたくなった。
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