第二章 当代の鬼子姫

1/1
前へ
/66ページ
次へ

第二章 当代の鬼子姫

2-1  得体の知れない男を家にあげてしまった。 しかも、穂波が寝所として使っている和室である。 (おばあちゃん、不良の孫でごめんなさい……!)  祖母と部屋が離れていて、まだ良かった。千代はもう寝ているだろうが、部屋が隣同士だったら声が漏れ聞こえる。  仮にバレたらえらい騒ぎになるだろう。  穂波と、オオカミ男ーー。  畳の上に正座して対面している。  互いの距離は2メートル以上離れているし、穂波の手許には護身用の竹刀(しない)がある。  加えて、盾になりそうな鍋の(ふた)。  万が一の時は身体を張って相手を倒す。  自分には、この男を家の中に招き入れた責任がある。穂波は、大好きな祖母まで巻き添えにしたくはなかった。 「一応話は聞くけど、変なことはしないでね」 「何もするつもりはない。……今はな」 「今は、って!?」  自然と竹刀に手が伸びる。片時も目を逸らさずに、相手の様子をうかがう。  よく見れば、顔立ちの整った男だった。  歳頃は10代後半か、ハタチ前後だろうか。穂波よりは年上に見える。  弓なりに形の良い眉、切長の目。シャープな輪郭に、品の良い唇は、男であるにもかかわらず色っぽささえ感じさせる。黒く艶やかな髪は長く、背中まで掛かっていた。 (なんか、父さんのジンベエを着てるのだけが惜しいなぁ)  穂波は緊張感を損なうようなことを考えた。そして首を横に振った。  雑念を払うために、こちらから質問を投げかける。 「あなた、名前は何ていうの? あたしが勝手に吉郎(ヨシロウ)って呼んじゃってたけど、本当の名前があるでしょ」 「名前はあるが、別に吉郎で構わない」 「そうなの?……まぁいいけど」  本人がいいと言うなら、それで問題ないのだろう。 「さて、何から話せば良いか……」  吉郎が咳払いをする。  そして、「まずは」と切り出した。 「何故、わたしが狼の姿であったかを語ろう。これはなーー、鬼子姫(おにこひめ)による呪いのためだ。鬼子姫の呪いで、わたしは3つのものを奪われたのだ」 「3つって?」 「1つは“記憶”、人間であった頃の記憶だ。2つ目は“人の姿”、これにより長いこと狼として生きてきた。最後に“死”だ」  吉郎の瞳が剣呑な色を(たた)えた。 「わたしは鬼子姫の呪いを受けてから、記憶を失い、狼の姿でさまよい続けた。老いることも死ぬこともなく……」 「不老不死ってこと? 信じられない……。仮にそうだとして。あなたはいったい何年、生きてるの?」 「ざっと1000年は生きている」 「せ、せん……!?」  穂波はぽかんと口を開けた。  試しに現在の西暦から逆算してみる。今から1000年前だとしたらーー平安時代だろうか。  だって、794(なくよ)ウグイス平安京と、1185(いいはこ)つくろう鎌倉幕府の間だもんね。  吉郎がかつて人間として暮らしていたのは、平安の世だというわけだ。 「その鬼子姫(おにこひめ)っていうのは何者なの? ていうか、最初に会った時、あたしのこともそう呼んだよね」  “今度の鬼子姫は……”という言葉を確かに聞いた。すごく嫌な予感がするけれど、質問せずにはいられなかった。 「鬼子姫というのは、輪廻転生を繰り返す者だ。その魂は必ず女子(おなご)に宿る。そして当代にも生まれている。ーーこの時代の鬼子姫はお前だ」 「あ、あたしなの? そういうことなの? 何かの間違いじゃ」 「匂いからすると、間違いない」 「に、にお……ヘンタイ! やっぱり変態じゃない」  穂波は若干、涙目になった。  対して吉郎は我関せずという顔をしている。 「お前は……はて、名を何といったか」 「穂波(ほなみ)だよ。市村穂波」 「穂波。今、歳はいくつだ」 「15だけど」 「……時間がないな」 「ちょっとちょっと、何のことなの? 何が時間がないの?」  怖い怖い。その言い方、怖いからやめて。  穂波は正座したまま後退(あとずさ)りした。 「よいか。落ち着いて聞け」 「やだ聞きたくない」 「先代以前の鬼子姫はな。みな……ことごとく。16の誕生日に気が狂い、同世代の女たちを襲いはじめたのだ」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加