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第二章 当代の鬼子姫
2-1
得体の知れない男を家にあげてしまった。
しかも、穂波が寝所として使っている和室である。
(おばあちゃん、不良の孫でごめんなさい……!)
祖母と部屋が離れていて、まだ良かった。千代はもう寝ているだろうが、部屋が隣同士だったら声が漏れ聞こえる。
仮にバレたらえらい騒ぎになるだろう。
穂波と、オオカミ男ーー。
畳の上に正座して対面している。
互いの距離は2メートル以上離れているし、穂波の手許には護身用の竹刀がある。
加えて、盾になりそうな鍋の蓋。
万が一の時は身体を張って相手を倒す。
自分には、この男を家の中に招き入れた責任がある。穂波は、大好きな祖母まで巻き添えにしたくはなかった。
「一応話は聞くけど、変なことはしないでね」
「何もするつもりはない。……今はな」
「今は、って!?」
自然と竹刀に手が伸びる。片時も目を逸らさずに、相手の様子をうかがう。
よく見れば、顔立ちの整った男だった。
歳頃は10代後半か、ハタチ前後だろうか。穂波よりは年上に見える。
弓なりに形の良い眉、切長の目。シャープな輪郭に、品の良い唇は、男であるにもかかわらず色っぽささえ感じさせる。黒く艶やかな髪は長く、背中まで掛かっていた。
(なんか、父さんのジンベエを着てるのだけが惜しいなぁ)
穂波は緊張感を損なうようなことを考えた。そして首を横に振った。
雑念を払うために、こちらから質問を投げかける。
「あなた、名前は何ていうの? あたしが勝手に吉郎って呼んじゃってたけど、本当の名前があるでしょ」
「名前はあるが、別に吉郎で構わない」
「そうなの?……まぁいいけど」
本人がいいと言うなら、それで問題ないのだろう。
「さて、何から話せば良いか……」
吉郎が咳払いをする。
そして、「まずは」と切り出した。
「何故、わたしが狼の姿であったかを語ろう。これはなーー、鬼子姫による呪いのためだ。鬼子姫の呪いで、わたしは3つのものを奪われたのだ」
「3つって?」
「1つは“記憶”、人間であった頃の記憶だ。2つ目は“人の姿”、これにより長いこと狼として生きてきた。最後に“死”だ」
吉郎の瞳が剣呑な色を湛えた。
「わたしは鬼子姫の呪いを受けてから、記憶を失い、狼の姿でさまよい続けた。老いることも死ぬこともなく……」
「不老不死ってこと? 信じられない……。仮にそうだとして。あなたはいったい何年、生きてるの?」
「ざっと1000年は生きている」
「せ、せん……!?」
穂波はぽかんと口を開けた。
試しに現在の西暦から逆算してみる。今から1000年前だとしたらーー平安時代だろうか。
だって、794ウグイス平安京と、1185つくろう鎌倉幕府の間だもんね。
吉郎がかつて人間として暮らしていたのは、平安の世だというわけだ。
「その鬼子姫っていうのは何者なの? ていうか、最初に会った時、あたしのこともそう呼んだよね」
“今度の鬼子姫は……”という言葉を確かに聞いた。すごく嫌な予感がするけれど、質問せずにはいられなかった。
「鬼子姫というのは、輪廻転生を繰り返す者だ。その魂は必ず女子に宿る。そして当代にも生まれている。ーーこの時代の鬼子姫はお前だ」
「あ、あたしなの? そういうことなの? 何かの間違いじゃ」
「匂いからすると、間違いない」
「に、にお……ヘンタイ! やっぱり変態じゃない」
穂波は若干、涙目になった。
対して吉郎は我関せずという顔をしている。
「お前は……はて、名を何といったか」
「穂波だよ。市村穂波」
「穂波。今、歳はいくつだ」
「15だけど」
「……時間がないな」
「ちょっとちょっと、何のことなの? 何が時間がないの?」
怖い怖い。その言い方、怖いからやめて。
穂波は正座したまま後退りした。
「よいか。落ち着いて聞け」
「やだ聞きたくない」
「先代以前の鬼子姫はな。みな……ことごとく。16の誕生日に気が狂い、同世代の女たちを襲いはじめたのだ」
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