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暫くして、教室にクラスメイト達が次々とやって来た。
「おはよ、悠莉」
「おはよう、恵ちゃん」
幼馴染で一番の親友の藤宮恵ちゃんもやって来た。彼女は私の前の席に座るとこっちを振り向く。
「珍しいわね、悠莉が早く来てるなんて」
「今日は偶々早く起きたから」
「早く起きたからなの? そう、何というか……悠莉らしいわね」
私の答えに恵ちゃんは微妙な返事をする。
「やっぱり早く起きたからって、早く来るのはおかしいのかな?」
「やっぱり……?」
恵ちゃんは首を傾げたけど、さっきの更科君との遣り取りを話すつもりはなかった。話してしまったら彼が教室を間違えた事も話さないといけない。言わないと約束したからには守らないと。
「ううん、何でもないよ」
下手に答えると恵ちゃんに怪しまれる。私は返事をはぐらかして苦笑いを浮かべた。
「ふうん……」
明らかに恵ちゃんは怪しがっていたけど、答えない私にやがて諦めた。しょうがないというように溜め息を吐くと、楽しそうに口の端を上げた。
「それにしても今日はバレンタインなのに、悠莉は相変わらずね」
「えっ……? 今日ってバレンタインだっけ?」
道理でさっきから教室の空気が浮足立っている訳だ。
「だから最近、お店にチョコレートが並んでたんだ。お陰で今月のお小遣いがすっからかんだよ……」
「すっからかんって……悠莉の場合、全部自分用でしょ?」
「そうだけど? それ以外に何があるの?」
自分で食べないで他にチョコレートを買う理由があるんだろうか。不思議に思って訊き返すと、恵ちゃんが眉間に皺を寄せた。
この顔は見慣れてるから分かる。呆れた時の表情だ。
「……まあ、いつもと変わらないのは悠莉の良い所だしね」
どこか安心したように呟いた恵ちゃんは、他の子に話し掛けられて前の方を向いた。
話題はバレンタインで、誰にチョコレートを渡したかで話が持ち切りだ。
中には更科君に渡そうとした人もいるらしい。ただ直接渡す勇気はなかったから、更科君の友達を渡して貰おうとしたそうだけど。なぜかその友達を見失ってしまって、結局渡すのを諦めたらしい。
(皆、大変だな……)
チョコレートには興味があっても、バレンタインという行事には全く興味がない。早々に会話から離れた私は、授業の準備をする為に机の中に手を入れた。
「うん?」
すると身に覚えのない物が手に当たる。
何かと思って取り出すと、机の中から綺麗な包みの箱が出てきた。
「悠莉、それどうしたの?」
恵ちゃんが異変に気付いて話し掛けてくる。
「分からない。いつの間にか入ってた」
最初は何か分からなかったけれど、箱には見覚えのあるロゴのシールが貼られていた。それを見た私は思わず笑みが零れる。
「――これ、リリーのチョコレートだ!」
リリーとは私が一番好きなチョコレートのブランドの名前だ。興奮のあまり大きな声を出してしまう。
「まさか、それってバレンタインのチョコじゃないの?」
嬉しさのあまり声を上げてしまうと、恵ちゃんと話していた子達が騒ぎ出す。
「どこかに差出人の名前はあるの?」
「うーん、ないかな……」
一通り箱を確認したけれど、それらしきものは見当たらない。
「もしかして、誰かが間違えて入れたのかしら?」
「普通に考えて甲斐田さん宛のじゃない?」
何気ない推測に、恵ちゃんは両手で勢い良く机を叩いた。
「そんな! 私の可愛い悠莉がどこの馬の骨とも知らない奴に目を付けられてるっていうの!」
「どこの馬の骨って……恵ちゃんは難しい言葉を知ってるね」
「変な所で感心しないで!」
恵ちゃん達が何やら騒いでいるけど、良く分からないからいいや。放っておこうと判断した私は、チョコレートの包装紙を取った。包装紙の下からお洒落な箱が現れるとさらに蓋を開ける。
「うわあっ……」
中には宝石のように綺麗なチョコレートが敷き詰められていた。一つとして同じ種類のチョコレートはない。
どれも美味しそうだ。私はうっとりとチョコレートを見つめると、その中の一つを手に取った。そして躊躇いなく食べる。
「うーん、美味しい……」
幸せな気持ちになってチョコレートを味わっていると、恵ちゃんが「ちょっと!」と声を荒らげた。
「誰が置いたか分からないのよ! 変なものが入ってるかもしれないから食べないで!」
「やっぱりリリーのチョコレートは最高だな……。うん、もう一個」
「だから食べないで!」
もう、恵ちゃんは神経質なんだから。
彼女に肩を揺さぶられながら、私はチョコレートを堪能する。
――そういえば今日はバレンタインだけど、一つだけ気になる事がある。
「バレンタインって忘れててチョコレートを渡しても、それはバレンタインのチョコレートになるのかな?」
「何を言ってるの?」
チョコレートを食べながらの呟きに、恵ちゃんが怪訝そうな表情を浮かべる。
「まあ、いいや」
どうせ更科君だって、あれがバレンタインのチョコレートだと思ってない。私があげたチョコレートなんて気にも留めないに決まってる。
なら大丈夫だ。そう結論付けた私はもう一つチョコレートを食べた。
「いい加減にしなさーい!」
そして恵ちゃんの怒号が朝の教室に響いたのだった。
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