棄てられた謎を拾い解け

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 がっしゃんと、一階から物が割れる鋭い音がした。 「いい加減にしてよ、いつもいつもいつもいつも!! わたしと(あゆむ)の気持ちも考えないで、自分勝手なことばっかり言うクソ野郎のくせにッッ!!」 「勝手なことを言ってるのはお前だろう!! 俺は毎日毎日疲れるまで働いているんだ!! ずっと家にいるだけのお前とは違うんだよっっ!」  母さんと父さんだ。また喧嘩。いつものこととはいえ、呆れてため息が出る。 「はあ? 疲れる? 仕事だけの人がどうやって疲れるのよ? 家事の一つもできないクズが何を偉そうにッッッ!!」 「それが旦那に言う言葉か誰に食わせてもらっていると思ったんだ!! 俺の給料を蝕むクソアマが文句言うんじゃねえっっっ!」  ……うるさい。  ベッドに転がりながらスマホで漫画を読んでいたが、気が失せた。現在時刻を確認すると、もうすぐ日付が変わるようだ。そろそろ目を瞑ろうと思っても、この騒がしい家で寝つくのには無理がある。 「わたしはわざわざ仕事をやめて専業主婦になったのよ! その分あなたが家族のために働くのは当然でしょう!?」 「当然? 何が当然なんだ? 俺はお前の奴隷か?」 「奴隷にされてるのはわたしの方でしょう!? この飯も洗濯も掃除も、全部自分のためにやってることじゃないのよ! わたしがどれだけ我慢して尽くしてると思ってんの? 家に縛り付けられてるわたしの気持ちなんて、あなたにわかんないでしょうけどね!!」  男は子供と妻のために一生の半分以上を会社に費やして、女は子供を産んで世話をして家族のサポート。大人の未来に自由はない。  いや、クラスメイトの友達一号は両親が医者で悠々自適だし、一概に全ての大人が奴隷人生とはいえないんだろうけど。  俺は体を起こし、ずれた眼鏡を直して、そっと自分の部屋を出た。玄関の扉の向こうに抜け出し、外の生温い夜風に当たる。むわっとするこの空気、好きじゃないけど、騒がしさに比べればマシ。  怒声は外まで漏れていた。ちらりと『蒙咲(もうざき)』と書かれた表札をみて、目を背ける。このあたりは一軒家が立ち並ぶ住宅街だ。たぶん、近所からやばい家だと思われてるんだろうな。  ばあちゃんちに行こうかとも思ったが、もう寝てるだろう。徒歩で行けるとはいえ起こすのも悪いから、ほとぼりが冷めるまで散歩をすることにした。  古いけれど人工的に考えられた通りは、角張った曲がり方をしている。信号と横断歩道はなくて、カーブミラーはあるが、車や人とすれ違うことはなかった。上を見上げれば、真っ黒な電線が空に引かれている。雲が星を覆っているから、点在する街灯が明るい。蛾や羽虫が集まり、ひらひらと光の中を泳いでる。歩きながらもまた前を向き、ブロック塀ばかりの変わり映えしない世界を進んで、公園へ。  砂場と滑り台とブランコ、遊具が三つしかない小さな公園だが、休日の昼間なら小さい子を連れたママさんたちで賑わっている。  もちろん今は静かだ。静かでいい。鳥の声も、夜蝉も、珍しく鳴いていない。  いつもの喧嘩なら一時間で収まるはずだ。そのうち二人とも疲れて眠る。時間潰しのためにブランコに乗ろうとして、はっと足を止めた。  ……先客がいた。腰まで伸びた黒髪。細くて白い手足。セーラー服。歳は、俺と同じくらいかもしれない。女の子はきいきいと小さくブランコを揺らしていたが、ふとこちらに視線を向けた。  卵型の輪郭で、儚げな垂れ目。顔も色白い。もしこんな女の子がクラスにいたら話題になるだろう。可愛いというよりは美人寄りだった。  つまり、確実にこの地域の人ではない。少なくとも同学年や上下の学年ではいなかった。  女の子は、白い顔にひいた薄紅色の唇を、くっと横に伸ばす。  ……何だか妖怪か幽霊のような不気味さを感じて、「やっぱりばあちゃんちに行こう」と思い直して踵を返すと、 「ねえ」  凛と、背中に声をかけられた。 「ねえ、そこの君。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
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