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ダンスはうまく踊れない
私はそれから、何度も彼女に会った。場所は、いつも砂浜だった。それ以外の場所は、私には用意されていないから。
彼女はいつも白い服を着て、冷たい水に足を浸して踊っていた。くるくるとスカートを翻し、伸びやかに手足を動かし。
私はそれを眺めていた。もしかしたら彼女のダンスは、私への拒絶かもしれないともいながら。
だって、踊っている間は私達に会話はない。ただ、踊る彼女を眺めているしかない。
白いワンピースか暗闇にすっかりまぎれた頃、彼女はダンスをやめる。そして私を振り向き、言うのだ。
「もう、帰らないとね。」
親がいない私に門限なんかない。いつまでだって私は家に帰らずいられる。それでも彼女がそう言うと、私は頷いた。いつでも。だって、それ以上の拒絶には心が耐えられない。
海から青いアパートへの3分間の道のりだけ、私と彼女は話をした。内容はいつも他愛がなかった。
彼女は私の学校生活について聞きたがった。多分、私が不登校児であることに薄々気がついていたのだろう。
私は適当な話をこしらえて、学校に毎日通っているふりをしていた。
愛理というあの女の話は出なかった。私も彼女も、その話題を避けていたのだ。
私は、これ以上彼女と自分の間にある溝を自覚したくなくて。
彼女はおそらく、プライバシーに踏み込まれることを嫌って。
冬から春にかけての2ヶ月間ほどで、私は3回愛理という女を見た。
砂浜へ向かっていく途中で、彼女のアパートに入ってく女の後ろ姿を見かけたのだ。その日は私は砂浜へ行かなかった。彼女が砂浜に来ないことは分かっていたし、それでも彼女を待ち続けることには耐えられなかった。
そんな日、私は家に帰って一人っ自分の部屋にこもり、じっと机に突っ伏していた。
この感情が恋ならば、消え失せてしまえと念じながら。
それでも、彼女への感情は消え失せてはくれなかった。私は、あの愛理という女になりたかった。
それはつまり、彼女に愛されたかったのだ。
あっさり受け流されてしまったキスを、何度も思い出した。
私が愛理なら、彼女はどんなふうに口づけを受けれてくれたのだろうか。
そして私の心を一番乱れさせたのは、あの日に見た、乱れたベッドの記憶だった。パステルカラーのパッチワークの布団が派手に乱れていた。
つまり私は、彼女の肉体が欲しかったのだろう。くるくると踊るあのしなやかな肢体のすべてを、私だけのものにしたかった。
こんなにも肉欲と直結した恋情を誰かに求めたのははじめてで、私はただ戸惑うしかなかった。
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