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彼女の言った『また』は、案外すぐに訪れた。はじめて会った日から数日後、私は砂浜を走っていた。
本当だったら、こんな薄暗い時間帯に、陰気な砂浜など走りたくはない。けれど私はどうしても牛乳が飲みたくて、家から一番近い個人商店に向かっていた。砂浜を突っ切ると家からその店へのショートカットになるのだ。
個人商店は夕方6時になると閉まってしまう。私の家の近くには、それより遅い時間にやっている店がない。
ミルクココアが無性に飲みたい私は、ひたすらに砂浜を走っていた。
すると、その砂浜に、彼女がいたのだ。彼女は以前見たものとは少しデザインが違う白いワンピース姿で、やはり伸びやかに踊っていた。私は、彼女の方を見ずにそのまま砂浜を駆け抜けようとした。けれど、彼女が私に気がついて声をかけてきた。
「そんなに急いでどこに行くの?」
声をかけれたら、さすがに無視はできない性格の私は、取りえず走るのをやめ、肩でぜいぜいと息をしながら、牛乳、とだけ辛うじて口にした。それ以上言葉を発すると、口から出てきてはいけないものが出てきてしまいそうだった。
そこで私は、やむなく牛乳を諦めた。これ以上は走れない。明らかに体力の限界だった。
彼女はしばらく私をじっと眺めていたけれど、静かに手を伸ばして、私の丸まった背中をさすってくれた。
「牛乳なら、そんなに走らなくてもうちにあるわ。」
「え?」
「牛乳。飲みたいんでしょう?」
「……うん。」
「私のうちに牛乳ならあるから、そんなに走らなくてもいいわよ。」
イヤホンを外した彼女は、すいとごく自然な動作で私の手を引いた。
「あげるわ、牛乳。シチューでも作るの?」
女の手は、彼女の外見にふさわしく、すんなりと伸びた指がしなやかだった。
私は展開についていけないまま、ココア、とバカみたいに口に出していた。
「ココア?」
女は私の手を引いて砂浜から歩き出しながら、ちらりと私を振り返った。
相変わらずうつくしい彼女の白い顔に、私は幾分たじろいだ。
女はそんな私に、にこりと微笑みかけた。それは、古い友人にでも向けるような、あっさりと親しげな表情だった。
「ココアならうちにあるわ。飲んでいって。」
「え……?」
彼女は曖昧な私のリアクションを気にしたふうもなく、砂浜を出て道路を一本わたり、例の青いアパートまですらすらと足を進めた。
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