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おんぼろの青いアパートの中は、きれいな色彩で飾られていた。
案外広い部屋の中、床に置かれているのはパステルカラーのクッションがいくつも。ハートや星や、丸や四角や色んな形のクッションだ。
部屋の奥にはベッド。布団もパステルカラーのパッチワークでできている。
「座ってて。」
彼女はそう言って、ピンクのお花型のクッションを指し示した。
私は大人しくクッションに腰を下ろした。
「ココア、淹れてくるね。」
キッチンは、玄関を入って右手。私が通された寝室兼リビングとは摺りガラスがはまったドアを一枚隔てる。
待って、と、なぜだか私は彼女を引き止めた。
とっさの行動だった。自分でも、なにがしたいのか分からなかった。
なあに、と、彼女は素直に立ち止まった。
私は言葉に詰まり、どうしていいのか分からなくてうつむいた。
彼女に、この部屋から出ていってほしくはなかった。
そんな自分の情動の出所がわからなくて戸惑う。
彼女は、私をじっと眺めた。それは、多分数秒の間。けれど私には、随分と長い時間に思われた。
その時間の後、彼女は破顔一笑した。一見冷たく見えるほどうつくしい白い顔が、ふわりと柔らかく解ける。
「手伝ってくれる?」
彼女はそう言った。
私は大急ぎでうなずいた。
出所がわからない情動が、これ以上暴走しないように。
台所と言っても、玄関から寝室兼リビングに続く廊下に、ごく小さなシンクがあるだけ。二人が立つにはその空間は狭すぎた。だから、私の身体の左側にほとんどくっつくくらいの距離に、彼女の身体がある。
私はなぜだか、身体を固くしていた。
彼女は私の態度に気がついていたのだろう。困ったように少し笑った。
「ココア、甘いほうがいい? 苦めがいい?」
彼女が白い小さな冷蔵庫から取り出したのは、私がいつも飲んでいる牛乳を注いだらすぐ出来上がりのインスタントココアではなくて、ココアの粉に砂糖や牛乳を入れて伸ばして作る、本格的なココアの箱だった。
「……甘いのが。」
私の声は、どうしてもぎこちなくなった。
どうしてキッチンまでついてきてしまったのだろうか、と、私は内心で後悔していた。
「そっか。じゃあお砂糖多めに入れるね。」
彼女はにっこりと微笑み、小さな鍋に入れたココアパウダーに、真っ白い砂糖をさらさらと振り入れた。その動作も、踊るようにしなやかで、私は一瞬見とれていた。
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