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「はい、できあがり。」
彼女はそう言いながら、小さな鍋から2つのマグカップにココアを注ぎ入れた。
ありがとうございます。
そう言う私の声は、なぜだか少しかすれていた。
彼女は台所に立ったまま、ココアを一口すすり、うん、美味しい、と目を細めた。
私もそれに倣ってココアを一口飲んだ。
丁寧に練って作られたそれは、いつも家で飲んでいるインスタントのココアとは、違う飲み物みたいに濃厚だった。
「……美味しい。」
言葉は自然と漏れた。
すると彼女は微笑んで、良かった、と囁いた。
「あっちで飲みましょう。お茶請けがなくて悪いけど。」
私は彼女について、リビング兼寝室に戻った。
私がピンクのお花型のクッションに座ると、彼女はすぐ隣の水色のしずく型のそれに座った。台所のときより少し距離は開いたけれど、まだ肩が触れ合うほど近くにいることには変わりなかった。
私たちは、黙ってココアを飲んだ。会話の糸口が見つからなかったのだ。けれどもその沈黙は、少なくとも私にとっては、居心地の悪いものではなかった。
彼女はおっとりとした動作と表情でマグカップを口に運んでいた。彼女にとってもこの沈黙が居心地の悪いものではないことを、私は願った。
そして、自分のその願いを持て余す。
だって、他の誰かと一緒にいるときに、その場が沈黙に支配されたとしても、こんなことを願ったりはしなかった。
そのことに気がつくと、急に居心地が悪くなった。
私は、なにを願ってここにいるのだろうか、と。
彼女は私の感情の変化に、驚くほど敏感だった。
だって、彼女は私の手から空になったマグカップをそっと取り上げると、静かな声で言ったのだ。
私も居心地いいわよ、と。
その時だと想う。彼女の言葉を聞いた瞬間。私は彼女に恋をしたのだと思う。
驚いた。心の底から。
彼女が女性だからというのもある。けれど、もっと大きな原因は、こんなふうに明瞭に、恋に落ちる音を聞いたことはなかったからだ。
これまで、男の人と交際したことはある。けれど、こんなふうにわかりやすく恋をしたことはなかった。恋はもっと分かりづらいもので、胸の中に積み重なった感情に、徐々に名前がついていくものだった。
それがこんな、足元の穴に気が付かずに落っこちるみたいに。
「……どうしたの?」
彼女が、私の固くなった表情を見てだろう、心配そうに声をかけてくれた。
私は黙ったまま首を横に振った。
口を開けば、胸の中に急に発生した恋情が、そのまま唇を伝ってこぼれ落ちてしまいそうだった。
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