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ココアの効力
誰もいない静まり返った家の自室で、じっと机の前に座る。
家族は誰もいないのだから、この家全体が私の部屋だと言ってもいいくらいなのに、それでも私はいつも自分の部屋にこもる。誰かが帰ってくると思っているわけでもないのに。
なんとなく、落ち着くのだ。小学校の頃から使っている勉強机に向かっているときが一番。
明日も学校だけれど、行く気はしなかった。
昔、まだ母親が家にいた頃は、学校に行けといってくれる人が家にいるから、かろうじて毎朝登校していた。
それが、家に誰もいなくなってしまっては、もうそんな気にはなれない。
多分このままいくと、私は高校を卒業できない。多分、学校側と話し合いの席みたいなものが持たれるのだろう。
その時私はきっと、学校に呼び出されて、渋々男の元から戻ってくる母親を見て、ざまあみろと思うはずだ。
ため息を付いて、机に突っ伏した。
このまま朝までここで寝てしまい、ばきばきになった身体にうんざりしながら学校をサボるのが、最近の私のルーティーンだ。
肉付きがなく硬い手の甲に額を押し付けながら、思う。
本当にまた、あの青いアパートに、ココアを飲みに行っていいのだろうか。
それともあれはただの社交辞令だったのだろうか。
あのきれいな女のひとには、社交辞令は似合わない気がした。ただ、それは私の希望的観測かもしれなかった。
拒絶をされたくない私の、希望的観測。
砂浜で踊っていた彼女の姿を思い出す。
伸びやかに手足を伸ばし、白いワンピースの裾を丸く広げてくるくる回っていた彼女。
一緒に踊ろうと、彼女は私を誘った。
私はそれを拒んだ。
見ていたかったのだ。一緒に踊るのではなく。
そんな私は彼女に似合わない。そう思ってから、少し慌てた。
似合うも似合わないも、私は女だし、彼女も女だ。
なにを考えているのだろう、私は。
額を机に、こつんと当てる。
それでも思考は止まらなかった。私は彼女には似合わない。それでも、彼女は会いに来ていいと言ってくれた。
会いたい。はっきりと思った。
私は、彼女にまた会いたい。
彼女の白く整った顔や、伸びやかな手足、ココアのカップを包んでいた白く細い指先。
あの美しいひとに、どうしても自分は吸い寄せられている。
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