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砂浜にて
彼女を始めて見たのは、真冬の砂浜でだった。
私の家は、海に近い。だから時々夕方になると、海まで散歩に来てみたりする。
真冬の砂浜には人がいない。灰色の砂がどこまでも続いていき、ざあざあと白い波が砕けては、しゃわしゃわと音を立てて砂の上を這ってくる。
いつものように、波でスニーカーが濡れないよう、慎重に歩いていた私は、波打ち際で裸足で踊る女を見て、度肝を抜かれた。
だって、今は真冬だ。私はダウンコートにロングスカートをはいて防寒していた。
けれどその女は、白い長袖のワンピース一枚きりの薄着で、裸足の足を水に浸していた。
彼女は、唖然としている私に目を留めると、片耳からイヤホンを外し、にこりと笑った。
「……寒く、ないの?」
随分人懐っこい彼女の笑顔に誘われるように、私はそう問いかけていた。
「寒い。」
彼女は更に笑みを深めながらそう応えた。
その間も彼女は、足で身軽なステップを踏み続けていた。
「よく動く足ね。」
言ってから、皮肉に取られるかもしれないセリフだった、と後悔した。私にはその手の後悔が多い。
けれど彼女は白いスカートの裾を閃かせ、白い波を跳ねかせて、ステップのリズムを陽気に上げた。
「好きなの。あなたも一緒に踊る?」
いいえ、と、私は首を振った。
「ダンスは得意じゃないの。」
そう、と、彼女は優しく微笑した。それは随分無防備な、少なくとも初対面の誰かに向けるような笑顔には思えなかった。
「でも、見ていてもいいかしら?」
だから私がそう言ったのは、彼女の笑顔に引き寄せられたようなものだった。
「いいわよ。」
彼女はそう答えると、片方イヤホンを外したままで、くるくると回転し始めた。白いスカートの裾がまん丸く広がり、どんよりとした海辺の景色の中で、そこだけ鮮やかに見える。
私は砂浜に腰を下ろし、踊る彼女を眺めた。おしりの下の砂はジャリジャリと湿ったような音を立てたけれど、気にはならなかった。
すっかり日が暮れてあたりが真っ暗になるまで、彼女は踊り続けた。
私はそれを眺めていた。
夜の黒に白いワンピースがもう少しで飲み込まれる、といったタイミングで、彼女はダンスをやめた。
軽く息切れしながら、彼女は私の隣に座り込んだ。
「近くに住んでるの?」
訊かれた私は、軽く頷いて、すぐ近くよ、と答えた。実際、私の家は、砂浜から歩いて3分のところにある。私は波の音を子守唄にして育ったのだ。
すると彼女は嬉しそうに頬を緩め、私もすぐ近くに引っ越してきたの、と言った。
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